インタビュー

【生駒市 大垣弥生氏 #3】組織文化の違いに自信を喪失

大垣弥生13

組織文化の違いに自信を喪失

加藤:民間企業から、自治体に入って苦労したことはありましたか?

大垣氏:山のようにありますが、一番しんどかったのは組織文化の違いです。前職では「いかに昨年と提案方法を変えるか」が腕の見せ所でした。なのに、前例踏襲主義がまだまだ残る文化が待っていました。
 提出された原稿が分かりにくくて担当の課に修正を求めても「昨年はそれで良かったから、そのままで」と言われて終わることもありました。「昨年通りのままでいい」という理由で改善案を却下される経験がなかったので、どうすればいいかわかりませんでした。
 自信も喪失したし、愚痴を言える人もいないし、転職鬱みたいな感じになって。組織に馴染める日がくるとは思えず、毎日「辞めたいな」と思っていました。

行政広報の大きな力を実感

加藤:ターニングポイントになるようなことはありましたか?

大垣氏:役所に入って3か月目に、広報誌で市民活動を2つ紹介したんです。1つは一人暮らしの高齢者にお弁当を配達している団体でした。代表の方の熱い思いに胸を打たれ、泣きながら3時間お話を伺いました。発行後、その方がわざわざ役所にきて「今までいろんなメディアに取材してもらったけれど、広報の職員が一番思いをくみとってくれた。ありがとう」と部長にお礼を言ってくださったんです。

 もう1つは盲導犬や介助犬のマナーコートを作るボランティアグループの記事で、発行後「メンバーが倍増した」と喜んでくださいました。
 なんて社会人冥利につきる仕事なんだろうって感動したし、思いを込めればダイレクトに反応があることも知りました。行政広報の大きな力を実感したから、言い訳せずに頑張ろうと覚悟を決めました。

コツコツ成果をだして、信頼を積み上げる

加藤:心がけたことはありますか。

大垣氏:広報誌の改革って、広報だけでできるものじゃないんです。事業担当課の理解も必要だし、まちの人との関係もつくらなくちゃいけない。庁内外にキーマンをみつけて、ネットワークに入れてもらうことを心掛けながら、とにかく小さな改善を地道に繰り返すことから始めました。
 文字だけの記事に写真をいれたり、参加者の声を記事にいれたり、少しずつ変えていきました。

加藤:コツコツと小さくても良いから、成果を出すということですね。

大垣氏:そうです。しばらくたったら「最近、広報誌よくなったね」というまちの方々の声が市長や管理職に伝わるようになり、それが庁内からの信頼につながりました。広報コンクールの連続入選も役に立ちました。

リニューアル前後

左=リニューアル前 右=リニューアル後

あなたのおかげで外に出ることができた

加藤:住民からの声で印象的だったことはありますか。

大垣氏:広報誌で障がい者の就労を特集したとき、福祉事業所が運営するパン屋さんを記事にしたんです。何年か後、別件でそのパン屋さんに行ったら、そこで働いていた方が「広報の人ですか?私は何年も家に引きこもっていたのに、広報誌を読んでこの場を知ったから、外に出ることができたんです。あなたのお陰です」と声をかけてくださって、涙がでました。

 戦時中の体験をうかがって記事にしたこともありました。発行後、取材を担当した先輩に「終戦後、何十年も幻聴と幻覚に悩まされていたのに、胸のつかえが取れたのか、初めて朝まで眠れました」と連絡がありました。それだけでも感激なのに、その後、「市のために」と多額の寄付をしてくださったんです。

加藤:それは本当にすごいことですね。

大垣氏:広報誌は単に行政情報を伝えるだけではなく、まちの方々に寄り添い、新しい1歩を踏み出すきっかけを提供できる媒体だと思います。

変化に柔軟に対応してアイデアを出し続ける

加藤:民間企業のノウハウで生かせたものはありましたか?

大垣氏:企画力でしょうか。百貨店って、母の日、父の日、夏休み、敬老の日、クリスマス、バレンタイン・・・というカレンダー行事を、毎年視点を変えてプロモーションするんです。広報誌の企画だけでなく、今担当しているシティプロモーションの事業立案も、PR業務は仕組み化できるものではありません。現状と課題を分析し、柔軟なアイデアを出し続けなければいけないのは、行政でも民間でも一緒だと思います。

※本インタビューは全7話です。facebookとTwitterで更新情報を受け取れます。

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