インタビュー

【渋谷区 永田龍太郎氏:第6話】東大に行くか死ぬか

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ワークスタイルが合わないことが一番の苦労

加藤:ちなみに、2016年9月から今のお仕事をされていらっしゃって、何に苦労しましたか?

永田氏:苦労、そうですね・・・。事業推進というよりも、ワークスタイルだと思いますね。前職だと、まず勤務時間が存在しなかったんですね。フルフレックスだったので。

 且つ、フレキシブルにリモートワークができて、メールや、同僚とのスケジュール調整も全部スマホ上で完結している。一部のものはスマホ上で決裁もできました。

 今はメールはデスクのパソコンでしか見られませんし、インターネットもヤフーさえ安定して閲覧できない。そして、FAXと紙! 10年近くぶりにFAXを使ったのではないかと思います。

加藤:紙文化は確かによく聞きます。

永田氏:紙は本当に多いですよね。前職だと、クラウド上に会議資料はポンと入れておける。クラウド上で全部ドキュメントを共有できるので、打ち合わせ資料を印刷して持ってくる会社もほぼゼロでしたし、頻繁なものの各進捗管理もRedmineといったプロマネツールなどでやりとりしていたので、電話することもなかった。頻繁に電話してくる人は仕事が出来ない人、くらいの社内の認識だったと思います。

 みんなタブレットやプロジェクターを見ながら、その場で打ち合わせの議事録もパソコンで打って、フォルダにポンと入れて終わり。
そういった経験と比較すると、ハンコをもらう決済に何時間も庁内を歩き回るのはさすがに、と思います。

 IT活用度の低さが一番のカルチャーショックでした。

小学生の時に「ここでは生きていけないな」と思った

加藤:永田さんは、自身がカミングアウトするまで、どういったことで悩まれていたのでしょうか?

永田氏:そうですね。多分私は他のLGBT当事者の方に比べると、そんなに悩み込むことが多くなかったと思います。中高が私立の一貫校で、自由な校風で知られている学校にいたことが大きいと思います。

 ただ、私は九州という男尊女卑が強い土地柄にいまして、「ここでは生きていけないな、東京に出ないと自分の人生はない」と、小学生くらいの時に思いました。

 早いうちから、自分の人生を考える、良いきっかけではあったとは思うんです。しかしそんな幼い時点で覚悟を要求される人生というのは、相当に重いものだったな、と振り返ると感じます。

東大に行くか死ぬか どちらかしかなかった

加藤:東京に出るためには何が必要だったのでしょうか。

永田氏:ちょっとやそっとじゃ、東京に出る理由がない。中高の時にそれなりの学力だと、「九州大学に行けばいいじゃない」となるので、そこを越えるにはもう東大に行くほかない。

 自分で言っていて、出来の悪いシャレみたいになっていて嫌なんですけど、「東大or Die」だったんですよね。東大に行くか死ぬか、それしかなかったんです、本当に。

 息が詰まることなく生きていけるところは、多分東京しかないと思い詰めていました。背水の陣ですね。経済的に浪人は絶対できないし、東京の私立大学もあり得ない。東大現役合格しかなかったんです。

 一方で、自転車で通える距離にあった地元の私学の中高一貫の進学校に入れてもらえたりと、家族が無理を押して支援してくれた環境は、当事者の中ではとても恵まれていたかなと思います。

 公立の中学校に行けばイジメが待っていました。上の学年の生徒に「オカマのくせに勉強が出来るなんて、覚悟しとけや」と実際脅されていました。私の通った学校は、セクシュアリティに関する揶揄というものがあまりないところでした。だから、そういうことをあまり気にせずに青春時代を送ることができたことは、精神衛生上良かったと思います。

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地縁血縁を全部切り離して やっと自分らしい生き方ができる

加藤:実際に東大へ入られて東京に来た時に、環境は変わったと思いましたか?

永田氏:地元を離れることで地縁血縁を全部切り離して、自分らしい生き方や、自分が付き合うコミュニティを選択的に決めることで、やっと自分らしく息をすることができるようになるLGBT当事者は少なくないと思います。

 とは言え、じゃあ大学入ってすぐにゲイコミュニティとかに触れる機会があったかと言うと、しばらくなくて、ようやく、大学の後半ぐらいからインターネットが盛り上がり始めて、オフ会とかでいろいろな方と会ったりできるようになりました。

 そこで初めて自分の居心地がいいというか、「これは隠さなくていい。これは言うと色々バレる」といちいち考えないでいい環境を手に入れました。

大学のLGBTサークルは増えて来ている

加藤:今だと当事者の方は、大学内でネットワークが見つけられる状態にはなってきているのでしょうか?

永田氏:大学にもよりますが、私がいた四半世紀前に比べればLGBTサークルが増えて来ているみたいです。早稲田大学とか慶応大学だと、もう数十年ぐらいの歴史があるんですね。ただ、全ての大学にあるわけではないです。残念ながら、渋谷区内でLGBTサークルがある大学は無いようです。なかなか繋がれていない人も、まだまだ沢山いると思います。

地方の状況は数十年前と全く変わっていない

加藤:東京以外の地方の大学とかだと、なかなかそういうコミュニティは生まれづらいのでしょうか。

永田氏:そうですね。やっぱり子ども時代からの地域のコミュニティの持ち上がりの中にいますから、そういうコミュニティを別に秘密裏に作り上げるのは大変なはずです。

 地方で「LGBT当事者がいない(見えない)」という声はよく聞かれますが、誰にもバレないように必死に息をひそめて生きているから、もしくはその土地を捨てて出ていっているから、の二通りの原因が考えられますが、数十年前からそんなに状況は変わっていないと思います。

加藤:以前にLGBTの当事者の方の講演で、LGBTは親であっても味方になってくれない特異なケースもあるのだとお話されていたのが印象的でした。

LGBTそれぞれの多様性が認識されていない

加藤:とはいえ、少しずつLGBTという言葉や理解が広まってきている気もします。そんな中、広まり方で懸念している点はありますか?

永田氏:そうですね。実際にさまざまなLGBT当事者の方と会って話す経験が少ないがゆえに、LGBTが単一の人を指すカテゴリーワードとして認識される人がいるように思います。LGBTが『L』『G』『B』『T』に留まらない性の多様性を理解する話だ、と本質的に理解されていないというか。

 それと、『L』『G』『B』『T』の差も分からず、イメージが人によって『G』に寄っていたり、『T』に寄っていたりするんですよね。

 行政で取り組みを推進するにあたって、全庁的にこの理解が共有出来ていないと、大きな障壁になりうるのでは、と思います。

「SOGI(ソジ)」という概念

永田氏:性の在りようはざっくり言うと「からだの性」「心の性(性自認)」「好きになる性(性的指向)」「表現する性」という4つの要素の掛け合わせなんです。そのうち、「心の性(性自認)、Gender Identity」と「好きになる性(性的指向)、Sexual Orientation」の英語の頭文字を取った「SOGI(ソジ)」という言葉があります。

 ちなみにLGBTという言葉は、LGBの「性的指向」と、Tの「性自認」という異なる性の要素の話をごっちゃにした、性的少数者の「総称」の言葉です。初めてLGBTについて学ぶ人が『L』『G』『B』『T』を逐語訳で覚えるだけだと、性の多様性の理解とはちょっと遠くなってしまうんですよね。

 一方「SOGI(ソジ)」はLGBTだけではなく、全ての人の性のありよう、多様な性のグラデーションを表しています。つまり、LGBTもそうでない人の性のありようも、このSOGIという傘の下に存在しているんです。このSOGIという「みんなの多様な性のありようを尊重し合う」理解の仕方がもう少し広がってくれるといいな、と思っています。

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※本インタビューは全8話です。

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