インタビュー

【北九州市 井上純子 #3】引退、3児のママであることを公表

井上純子3

急きょ市長の記者会見で引退発表

加藤:活動をやめることを意識したのはいつですか?

井上氏:昨年の9月ころですね。私の年齢も年齢ですし(笑)、観光課がちょうど3年目の年でもありました。北九州市は3年での異動が多いんです。私はその対象だったので、観光課から異動すれば、バナナ姫を演じることはないと思っていました。

 ただ、せっかく知名度を獲得したので、無くしてしまうのはもったいないという思いがすごくあり、今後のバナナ姫に関する企画書も作りました。誰か他の人が続けるなら、衣装の管理とかにもコストや時間もかかるので、もう少し予算が必要だろうとか。もしくは、民間に外部委託することも選択肢にあると思っていました。バナナ姫コンテストとか、総選挙と銘打って集めても良いですよね。

 結果的には市の業務としてバナナ姫を残すことは、他の事業との兼ね合いで実現できなかったのです。ただ、引退に向かって行く中で、自分が続けられたのは応援してくださる方の声でした。そのお礼をただただ言いたくて、少しずつバナナ姫としての仕事をこなしていきました。

 関わっていた記者さんにもすごくお世話になりました。もともと引退も、他のイベントのリリースの中でさらっと2~3行書いていたら、記者さんから問い合わせがあり、「どういうことですか?」と話があったそうなんです。たまたま翌日が市長の記者会見だったことから、「次の日の会見に並んでくれ」と前日に言われました。

引退記者会見で3児のママであることを公表

加藤:引退会見はどのように進みましたか?

井上氏:引退会見では記者さんにとっても引退理由がはっきりしないし、釈然としないという感じでした。バナナ姫の次の展開が決まっていないので記事も書きづらい、と。
※引退記者会見当時の様子を伝える記事

 知っていて聞かれたのかどうかはわからないんですけど、「結婚か出産で引退されるんですか?」と聞かれて、そこで3児のママであることをカミングアウトしました。

 もともと上司とは、聞かれた場合に答えていいと了承を取っていましたが、その流れで子どもの人数や年齢も聞かれたりしました。引退について子どもは何と言っていたかとか、そういう質問もありました。実際の記事でもそういうネタが多く、「バナナ姫ルナ、実は3児のママだった」みたいな感じで書かれました(笑)。

 ネットではそれでバズっていき、朝日デジタルなどでトップニュースになって、今度は「公務員で3児のママなのにコスプレ」ということが前面に出ていきました。

加藤:確かに、ネタとしてはキャッチーですよね。

井上氏:それで今度は子どもがママの事どう思っているか取材をさせてほしいとなって、私の家の夕食風景とか、最後の引退のイベントに行ってくる時に、子どもが送り出す画を撮られたりしました。

加藤:そんなことまであるんですね(笑)。

井上氏:それ以降は市民の方に「子どもが三人もいるのよね、お疲れ様」と言われるようになりました。

「若い女性がチャラチャラやっている」

加藤:引退が決まってからはラクになりましたか?

井上氏:引退の話が全国放送のメディアに載るようになってから、「もったいないね」とか、「辞めるな」とか「お疲れ様」といういろいろな反響がありました。

 悩みながらバナナ姫を演じる中で、私は自分なんてそんなに必要とされてないと思う時期もあったんです。だから、引退に対する外部の反応があるのを見て、少しは必要とされていたんだと、初めてひしひしと感じました。

 東京のイベントに行っても、北九州出身の人から「北九州を盛り上げるためにやってくれ」「やっぱりすごく残念だ」などと言ってもらえました。それには、とにかく感謝の思いしかなかったです。

 だから、ママであることを言えたのはすごくラクになりました。それまでは、「若い女性がチャラチャラやっている」みたいに思われるんですよ。最初に取材を受けた時も、記者さんにとっては、独身の女性が趣味でやっているというイメージが強かったと思います。

同世代の職員が必死に仕事をしているのを見て来た

井上氏:実は、私はワーキングママなんですけど、それがキャラクターのイメージを壊してはいけないと思って、ママであることを隠していたんです。でも、正直だんだん苦しくなってしまっていました。「私、ママなのにな」って(笑)。

加藤:ある自治体職員の方がFacebookで書いていましたが、自治体で評価される取り組みの順番は「成果が高く“地味”」「成果が低く“地味”」「成果が高く“派手”」「成果が低く“派手”」になる、と。派手なものに対する風当たりが強いということです。

 派手であろうが地味であろうが成果が出ていれば評価されるべきだし、派手な手段として成立したから成果があがることもたくさんあるじゃないですか。しかも、本人しかわからない辛い思いをしながらやり切ったわけですよね。

井上氏:私は市役所に入って最初の5~6年は子どもを産んでばかりで仕事をしてなくて、周りの同世代の人たちがすごく必死に仕事をしているのを見て来ました。もともと役所の中で大したキャリアがあるわけでもない。だから、失うモノがないというか、周りの目が気にならなかったように思います。

※本インタビューは全6話です。facebookとTwitterで更新情報を受け取れます。

 

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