インタビュー

【岡崎市 晝田浩一郎氏 #3】お前らみたいなやつを待っていた

晝田浩一郎 TOP5

4人のスタートアップメンバーが集う

加藤:塩尻から岡崎市に戻ってきて何をしましたか?

晝田氏:すぐに、『nanoda』に行ってきたことに関する報告会を兼ねた飲み会を開きました。当時、僕の所属する商工労政課に20人くらいの職員がいたんですけど、参加者が僕と一緒に塩尻に行った副代表になる中川を含めて僅か5人。だから実質3人しか来てくれていなくて、残念だと思いつつも、「僕らも空き店舗を借りて、『nanoda』みたいな活動をやっていきます」と宣言して、「仲間を募集しています」と伝えました。

 そうしたら、たまたま岡崎市でリノベーションまちづくりの担当だった野澤成裕さん、小川貴之さんが、「面白いね、俺らもリノベスクールやっているし、プライベートでもやってみたいから協力するよ」と言ってくれて、そこで僕、中川、そして、野澤さんと小川さんという4人がスタートアップメンバーとなりました。

「お前らみたいなやつらが出てくるのを待っていた」

晝田氏:それで2015年の9月くらいから空き店舗を探すんですよ。10月11月ぐらいにいくつか良いものが出てきて、良い立地の商店街のバーの隣が空き店舗だから、もしかしたら借りられるんじゃないかと思って、そのバーのマスターに聞きに行ったんですよ。

 全然面識もなかったんですけど、そのバーに飲みに行って、「隣のスペース借りたいんすよねー」と言ったら、たまたま、そのまちの重鎮で判子屋を営んでいる小野修平さんという方がお店にいて、小野さんが「お前ら面白いね。俺はお前らみたいなやつらが出てくるのを待っていたから協力するよ」って言ってくれたんです。

 東康生商店街というところの『東康生商店街まちづくりの会』の会長もされている方で、当然、まちの重鎮ですからネットワークが広く、オーナーも知り合いでした。そこで、連絡を取ってくださって、オーナーと会う時も同席し、「俺はこの若いやつらを応援したい、ぜひ協力してあげてよ」って、オーナーにも言ってくださいました。

 だから偶然というか、たまたまなんですけど、めげずに声を出して行動していくと、本当に運を引き寄せると思いました。

加藤:声をあげることで助けてくれる人が出て来ますよね。仮に、バーで小野さんにお会いできなかったとしても、動き続けていたらまた違う場所でお会いしていたり、違う誰かが助けてくれていたのかもしれません。

「公務員のお前らに何ができるんだ!」

加藤:活動している中で何が大変でしたか?

晝田氏:岡崎は古いまちなので、いろいろ想いを持って活動されている方が多いんです。その中で「公務員のお前らに何ができるんだ!」とか、「俺らが真剣にまちづくりをやってんのに、遊び感覚でやってもらっちゃ困る!」というようなことを最初に言われて、それは結構へこみました。もちろんそう仰った方も地域への愛ゆえになんです。

 でも、山田崇さんに「どうせやらないんでしょ」って言われたときと一緒で、「負けるもんか!」と思って、そこも活動の原動力になっています。「見返してやる」という想いはすごく強いんです。

『ここやる』の4つのフェーズ

加藤:今後、『ここやる』では何をしたいですか?

晝田氏:やりたいことは沢山あるんですが、今見えているもので4つのフェーズまであります。フェーズ1としては、市役所から飛び出し『ここやる』をつくって活動し、地域に知ってもらう。これは、それなりにうまくいきました。

 フェーズ2としては、学生やまちの人が、『ここやる』を使ってイベントをしてくれるフェーズ。僕たちだけじゃなくて、まちの人たちが主体となって『ここやる』を使ってくれる。これもある程度できてきています。

 ただ、ここまではまだ『ここやる』に閉じこもっている話なんですよね。いま僕らはフェーズ2.5ぐらいなんですが、次のフェーズ3としては、『ここやる』だけでやるんじゃなくて、まちと何かをやる。それはお祭りなのかもしれないし、フェスかもしれない。まちと一緒に何かをやってくっていうのは今後目指していきたいです。
 なぜフェーズ2.5かというと、実はいろいろな商店街や団体を巻き込んで、『OKAZAKI SUMMER TRIBE』という音楽フェスをやったんです。ただ、それは年1回ぐらいしかできないので、もうちょっと頻繁にまちと一緒に何かやりたいんです。

 最後のフェーズ4としては、『ここやる』に来てくれる参加者が、まちとどんどん一緒に何かを創っていくことを目指しています。

※本インタビューは全6話です。facebookとTwitterで更新情報を受け取れます。

 

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