インタビュー

【大村市長 園田裕史 #6】自分の人生を地域のために使いたい

園田裕史6

看護師としての6年間の経験

加藤:もともと看護師から議員、そして、市長になられています。医療現場に従事された期間はどのくらいだったんですか?

園田市長:30歳で議員になりましたが、23歳で看護師資格を取りまして、看護師としてフルタイムで働いていたのは6年間です。

 そこで実際に働くと、精神科の病院は世の中から偏見を受けていることを実感しました。精神科の病院に自分の子どもを預けたくないと思っている保護者はとても多いんです。本人も行きたくない、なぜなら、周りの人に「あの人は気違いよ」って言われるから。

 そのイメージを変えていくためには、これまでの精神科のあり方自体をぶっ壊してイメージを変えていかないといけない。当時、病院の理事長から「日本の精神科医療を一緒に変えようぜ」って言われたんです。この病院は面白いなと思いました。理事長はロン毛でしたし(笑)、しかも実際に法や制度がどんどん変わっていったんです。

 その頃、池田小学校の事件があったり、心の病気を患う人が犯罪に手を染めてしまうケースがクローズアップされているときでした。そこで、今まで手を付けられてなかった児童思春期の分野に、非採算といわれながらも病棟まで作って、子供たちの心のケアを進める病院でした。

 どこもやっていなかったことに着手したので、全国から取材が来て各種メディアで大きく特集されました。その頃から、自分が関わっている医療や福祉の将来像を厚労省がどのように考えているのか、政治や行政がどう関わっているのかということに目が向くようになりました。

 その後、第一次安倍政権時代にFTAにより外国人の看護師・介護士を日本に受け入れようと計画されていたので、理事長から「お前が担当してベトナム、カンボジア、インドネシアから日本で1番最初に人を受け入れる施設になろう」と言われました。私はフィリピンに行かせてもらったり様々なプロジェクトを立ち上げ、本当に自由にやらせてもらい、とても感謝しています。

看護師として直面した課題が自治体にも沢山ある

加藤:看護師の方が市長になったというのは初めて聞きました。市長として医療分野の経験をもとに変えられたことはありますか?

園田市長:もしかしたら、首長になっている人はいないかもしれないですね。
 当時、自分が臨床の現場で経験したことが、今まさしく問題になっていると思っていて、子どもの発達障害、不登校、心の問題や自殺の問題、そして、公務員のうつ病、虐待など、自治体が抱える喫緊の課題に直結しています。今後さらに重要になってくるものも多いでしょう。福祉部門や教育委員会もそう、人事もそう。社会全体の働き方改革など全てにつながっています。

 今までも困っている人たちの声を聴いてきましたし、それらを現場レベルのことから施策に反映することできるというのは強みだと思います。だからこそ、第6回のマニフェスト大賞で優秀政策提言賞をとれた内容も、自殺予防対策に関する内容だったんです。

自分の人生を全て地域のために使いたい

加藤:最後の質問です。市長というお仕事の醍醐味を教えて下さい。

園田市長:私は工業高校を出て大学も行っていないし、学生の時には政治も勉強していなかった。それにも関わらず首長をやらせていただいて、こんなにやりがいがある仕事はないと思っています。

 私の父は、私が生まれた時から重度の身体障害者でした。経済的にもひっ迫していて、地区の住民センターの6畳2間の管理人室に家族4人で住み、母がパートで家計を支えていました。そんな中で地域の方々から「園田さんの家はお父さんが障害者で大変だから色々と支えよう」と地域の皆さんに育てていただきました。

 看護師になったのは父の姿を見ていたことが大きいですが、その根底にあるのは支えてもらった地域のために全力で仕事をするということ。その最大の表現方法が政治家という仕事だと思って、日々の仕事に全力で挑み続けています。

加藤:強烈な原体験があるんですね。

園田市長:僕ら家族自身が社会的弱者でしたが、父も母も地域や行政に感謝の言葉はあっても、文句を言っているのを聞いたことがありません。

 だから、私は自分の人生を全て地域のために使いたい。休みはほとんどとっていませんが、今は日々充実して全く疲れを感じません。毎日、様々な人と事業や課題、未来についての意見交換ができます。毎秒毎分毎時間が勉強で自分の頭に吸収されていますし、その全ては大好きな大村のことなんです。これがまさに醍醐味だと思います。

 

編集後記

既得権益の話を選挙の時に意識し、そして勝ち切ってしまう園田市長は市民から見ても、人としての信頼や魅力を備えているのだろう。

 首長であっても、議員であっても、公務員であっても、正しいことをやろうとする人にはどこからか圧力が働くものだと思ったことがある。もちろん、それは民間企業の中にあっても日々起こっていることだ。

 人は変化を恐れる。特にそれが自分自身から何かを奪うことになると、途端に大きな抵抗と変わる。私の親族は脱サラをして病院を立ち上げ経営したが、その際にいわゆる既得権者から「内科は作るな」などと圧力をかけられたという。

 それはもう30~40年前の話だ。今後は社会変化のスピードが急激に高まっていく。遠くない未来に『変化』を恐れるのではなく、『変化ができないこと』を恐れる時代に変わっていくのではないかと思う。

 恐らく、「変わりたくない人」と「変わらなければならない人」がゆるやかなグラデーションの中で少しずつ後者へと移っていく。もちろん、それをミクロで覗いて見ると、園田市長のような、新たな時代の価値観を心に刻んで戦う人が様々な場所に存在し、少しずつ陣地を広げながら世の中を変えていくのだと思う。

 一方で恐ろしいことは、「変わらなければならない人」がいつしか「変わりたくない人」になってしまうことである。自戒を込めてここに記し、そうならない社会を望みたいと思う。

※本インタビューは全6話です。facebookとTwitterで更新情報を受け取れます。

 

他のインタビュー記事を読む

ネイティブアド



頁トップへ