インタビュー

教育委員は名誉職ではない -箕面市長 倉田哲郎氏(#2)

倉田哲郎5

教育に関わる組織改善の必要性を感じていた

加藤:公募を決意したタイミングは、市長としての一期目が終わるころですか?

倉田市長:一期目の終わりですね。二期目の頭で公募したんですよ。金環日食はドリカムの歌にもでてきた2012年ですから、二期目の選挙の少し前のことでした。

加藤:一期目だと財政を健全化するだとか、まちの大方針を定めるようなお仕事の優先順位が高くなりやすいと思うんですけど、首長になってすぐに教育改革の優先順位を上げるのは難しい環境にありましたか?

倉田市長:教育委員会ならびに教育委員会事務局が、比較的組織として弱いというのは、一期目の最初の頃からずっと思っていたんですね。「なんとかしないといけないけど、どうしようかなと様子を見ながら考えていた」というのが一期目の期間でしたね。それで、二期目から実際の動きに着手した、というのが経過です。

教育委員に求めたのは“切実感”

加藤:公募にする場合は、教育委員会で決を取って意思決定したりする必要があるんですか?

倉田市長:いや、そんなことはないです。任命権は市長にありますから、僕がどう選ぶのかは僕の勝手です。極論、僕が大好きなお友達を呼んで来ることもできます(笑)。まあ、信頼できるような人がいたら、そういう人を教育委員にするというのも一つの手ですよね。もちろん市議会の議決がいりますので、ちゃんと説明して理解してもらえる人材じゃないとダメですけど。

加藤:倉田市長はどのような教育委員を必要としたのでしょうか。

倉田市長:これは首長によって考え方が色々だとは思うんですけどね、教育に関する専門的な知識であったり、知見を持っている人は世の中にいくらでもいるんですよ。学者さんもそうだし、現場で学校の先生をやってきた人もいる。でも、そういう人たちで大所高所から教育を論じてほしいだけだったら、それができるメンバーの会議体を別に作ればいい。

 そうじゃなくて、教育委員会は、実際の教育の運営者であり、現実と向き合って経営する立場ですから、そこに僕がほしかったのは“切実感”だったんですよ。「毎日学校現場で何が起こっているの?」「子供がいじめられている、今の対応で本当にいいの?」「今の教え方で、この子たちの将来は本当に大丈夫だろうか?」みたいなところを、本当に切実感を持って向き合っているのか、と。

 で、それってどういう人なんだろうって考えると、実際に今、子育てしている保護者とか、地域で青少年の育成活動とかをされている方達が、一番ビビッドに日々、学校と接しながら「学校はその対応でいいのか?」とか強い問題意識をもっているわけじゃないですか。そこで、どうやってそういう人を探そうかな、と考えたあげく、それだったら「公募しちゃえ!」と。

 PTAの総会に来賓として僕が呼ばれたりする機会があるんですね。その場で、「公募するんで、我こそはという人はぜひ手を挙げてください。お願いします!」と話をしたのを覚えています。

当時の教育委員長の後押し

加藤:ちなみに教育委員には昔からいる方がいて、結果的にはそういう方に辞めて頂くことになります。その調整はどうしましたか?

倉田市長:前の教育委員会の方々の全員がすぐに納得された訳ではなかったと思います。ただ、幸いだったのが、当時の教育委員長が「ぜひそうしよう」と言ってくださったんです。その方が後押ししてくださったのはすごくありがたかったですね。

 「みんなできれいに交代して引き継ごうよ」という話も、委員長が他の委員さんにしてくださったので、実際にはかなりスムーズに新しいかたちでのスタートにこぎつけられました。

切実感のある人達を過半数にしたかった

加藤:6人の教育委員がいる中で、公募では4人選びました。この4人にした理由は何故でしょうか?

倉田市長:多数決を取ったときに、切実感のある人達が過半数になるようにしたかったんです。それとは別に、教育の現場経験もある専門家が一人、そして、行政の経験者も一人入れています。これは、教育の専門的な知見を入れるのと、行政との連携をスムーズにするためです。

加藤:チームとしてはバランスをとりながらも、切実感がスピードを生むような感じでしょうか。

倉田市長:はい。今までは教育委員会議は月一回くらい、公式の会合として開催していたような感じだったんですけど、この体制になってからは、勉強会と称して週一とか週二で集まって議論しています。雰囲気は全然変わりましたね。

教育委員は名誉職ではない

加藤:公募で委員を選ぶ際は、どういう素養や資質を見ましたか?

倉田市長:まず、大前提として、応募資格に、「現役の保護者」か「青少年の育成活動に携わっていること」という条件をつけました。その上で、書類、面接、そして討論などもしてもらったりして、その雰囲気を見て決めていきましたが、結果として選んだのは、何かしら取柄がある人達になりました。もちろん、みさなん切実感の高い現役の保護者なんですが、それこそ、昔、先生をやっていた人も入っているし、海外の日本人学校の運営に携わっていた人もいたり、大学の研究者もいれば、家業を経営している人もいます。

加藤:逆に選ばなかった人達の属性はありましたか? たとえば、コミュニケーションをちゃんと取ってくれないとか。

倉田市長:現実問題で言ったら、教育委員をただの転職先みたいな観点で応募してきたり、もしくは、名誉職めいたものを目指して来られるような方は、申し訳ないのですが、早々に“ごめんなさい”しました。

教育委員の公募に大したハードルはなかった

加藤:教育委員の公募をするときに、何が最も大変でしたか?

倉田市長:それほど大変じゃなかったんですけど、当時、「教育委員会がモンスターペアレンツみたいになっちゃうんじゃないの? 大丈夫なの?」みたいなことを言われることがありました。そういう漠然とした不安みたいなのは、学校現場や事務局、議会などの第一印象としてあったかもしれないです。

 また、市議会で同意を得なければ任命できないのですが、その審議のときに、議会から「これからもずっと公募制で行くのか?」とか、「市長が変わった後はどうするのか?」とか、「制度化するのか?」とか聞かれました。
僕の後の市長さんは恐らくまた別の考えがあるので、「あくまでも僕は今回こうやります」と応じました。

加藤:そんなに大きなハードルではなかったのでしょうか?

倉田市長:はい。なかったですね。

他の教育委員会でも公募することは簡単

加藤:当時、他の教育委員会で、すでに公募をやっているところはあったのでしょうか?

倉田市長:一人だけの募集とかは結構あるんですよ。ただ、委員の過半数を占めるようなものはなかったです。20年とか30年前の話だそうですが、確か東京のどこかの区か市で、公募制教育委員会を制度として進めようとしたところがあったという話は聞いたことがあります。

加藤:仮に、過半数の委員の公募を他の地域でやろうとしても、そんなに難しくないのでしょうか?

倉田市長:できます。首長がその気になれば簡単です。委員の任期の切れるタイミングにずれがあるので、一斉に変えることができるかどうかは、自治体ごとに違うと思いますが。

※本インタビューは全6話です。facebookとTwitterで更新情報を受け取れます。

他のインタビュー記事を読む

ネイティブアド



頁トップへ