インタビュー

抵抗する局長レイヤー 千葉市長 熊谷俊人#2

熊谷俊人2

将来予測とともに行政の考えを伝える

加藤:財政再建を大きく進められた中で、何をすることが重要だったと思いますか?

熊谷市長:将来予測ですね。このままだと、マズいことになる。それじゃあ、具体的な手法としてこういうものがあって、こうやっていきます、と伝えていく。そこで、やるものはなぜやるのか、やめるものはなぜやめるのかを説明する。

加藤:将来負担比率や実質公債費比率などはややこしく思われそうですが、債務総額などの将来における推移を特に説明したのでしょうか?

熊谷市長:いえ、まさに将来負担比率と実質公債費比率、この2つを特に重視しました。その数値の細かいことは別に良くて、このままいくと早期健全化団体になってしまう。そして、政令指定都市としてダントツで悪い状況であると、視覚的に理解できるグラフなどで表現しました。

市の仕事として財政健全化を進める

加藤:当選後に市長として役所に入る際、財政健全化というと波風が立ってしまうと思います。その中で、どのような人たちと連携して進めましたか?

熊谷市長:財政再建をする上で最も大きかったのは、事務事業評価、いわゆる事業仕分けをやったことなのですが、自治体ではこれをシンクタンクに外注するケースが多いんですよ。

 外注するのは楽なんだけども、これは進駐軍になるので僕はやりたくない。そこで、千葉市では内製でやりました。当時の総務部長、行政改革推進課長、財政課長と中心になって事業の洗い出しをして、彼らがどうやって事務事業評価をやるか、外部講師として誰を呼ぶかも一緒に話し合う。そうやって、彼らが彼らの事業としてやる、市の仕事としてやれたことが一番大きかったと思います。

抵抗する局長レイヤー

加藤:組織の幹部レイヤーと面談をして、配置を変えたりもしましたか?

熊谷市長:私は初年度の人事には関わっていません。前の市長さんの人事のままです。

加藤:市長に対する抵抗のようなものはあったのでしょうか?

熊谷市長:今だから言えますが、申し訳ないけども、局長の中で不満をもらす人はいたし、それが私の耳に入ってくることもありました。

 だから、場合によっては、直接、部長や課長に話をすることもありました。局長を飛ばしてですから、すごくプライドを傷付けたこともあったと思うんです。けれど申し訳ないですが、当時は速やかに改革を進める必要がありました。

加藤:その状況で、どのように対応されたのでしょうか。

熊谷市長:次年度にポジションチェンジをするか、退職を待つのかどちらかの形でした。大体3年たつとそういう人はいなくなり、行革を進めるための重要なポストには、全て信頼できる人間が配置されていきました。その後、政策の実現スピードが増しましたね。

職員にも財政状況のさらなる理解を促す

加藤:市長が役所に入った際、職員の方は財政状況に対してどう考えていたのでしょうか。

熊谷市長:危機感を持っていたのは財政局の人間だけだったと思います。基本的には他の局には伝わりにくい。総務と財政はすぐにこの問題に反応して、他の所管が少し遅れて追随していく形でした。

加藤:職員に危機的な財政状況を理解してもらうために、どのように行動されましたか?

熊谷市長:部長研修や課長研修として毎回毎回1時間講義しました。コミュニケーションをかなりとっていて、特に1~2年目は各局の課長以上とは飲みに行きましたし、ランチミーティングも行って、職員の考えも理解するようにしました。

加藤:課長以上でもすごい数ですよね。千葉市の規模でそれをやっている方はそんなに多くなさそうです。

熊谷市長:そうですね、あまりないと思います。

1~2年目は裏で文句を言われる

加藤:そもそも、首長は外から来ていきなり役所をマネジメントしなければならない。その難易度はかなり高いと思います。そうなると、幹部をハンドリングするためにしっかりと時間をかけないといけないですよね。

熊谷市長:そうです。実際にそれができないこともあって、私が信頼できない局長を飛ばして、直接、部長や課長に話を進めた時には、その局長が裏でたくさん文句を言うこともありました。それは議員にも伝わって漏れ聞こえてきました。1~2年目の途中までは、そういうことがありましたね。

加藤:議員からはどのような話があったのでしょうか。

熊谷市長:「市長も役所でうまくやんなよ」「まだまだ若いよね」と言われていて、当時、飲み込むしかなかったです。局長級の人間が退職するまでが一番大変でしたね。

3~4年で首長の方針が全体に浸透

加藤:3年目以降に役所で起きた変化として、どのようなアクションがありましたか?

熊谷市長:3年目の途中までは総務、財政、行革のような中核的なメンバーが中心に、広く事業部全体をチェックしていました。でも、4年目以降ぐらいになってくると、各局が自分たちで財政健全化のための予算組み替えをやるようになりました。基本的には下から案が上がってくるようになり、結果、私が四の五の言う必要がなくなりました。

※本インタビューは全3話です。facebookとTwitterで更新情報を受け取れます。

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