「私がストレスを感じないこと」に周りがストレスを感じている
加藤:市長のパーソナルな部分をすこし伺いたいんですけども。これだけいろんな不正とか、そういうものと対峙していくと、普通では考えられないくらいのストレスがあるのだと思うんです。
仲川市長:私自身はどちらかと言えば、ストレスは感じにくいですね。というか、感じている暇がない(笑)。もっと言えば、考えることと悩むことは違って、どうすればもっと良くなるかを考えるのは、やればやるだけ発想が湧く。むしろ健康的だと思います。
逆に悩んでも答えが出ない問題に、頭を使うのは時間のムダ(笑)。もちろん、厳しい判断を求められる時もありますので、簡単ではないですが、トータルで街が良くなるための手段であれば、踏ん切りがつきます。周囲は「私がストレス感じないこと」に、ストレスを感じているかもしれませんが(笑)。
加藤:(笑)。
『やらなきゃいけないのに、できなかったこと』をやりたい
加藤:ここでお話しできないことで、たとえば、身の安全に関わるようなお話も当然あったと思うんですよ。それでも今、ニコニコと朗らかにそういうお話をできるのはなぜでしょうか。
仲川市長:それは多分、「人ができないことをやりたい」という、考え方があるからだと思います。奈良市の場合、今までの人ができなかったのは何かと言えば、『やらなきゃいけないのに、できなかったこと』なんです。
つまり、突飛なことやるって意味じゃない。当たり前のことを当たり前に実行する、『凡事徹底』です。だからある意味、シンプルです。
みんなが諦めている状況を変えたかった
仲川市長:逆に、ほっといてもうまいこといくようであれば、別に私がやる必要もないですしね。そういう時代の転換期に方針を大きく変えたり、新しい領域を広げたりすることに私は面白さを感じます。そうでなかったらやらないですよね。
だから、『不正を正す』というと、厳しいストイックなイメージがありますけれども、それは何のためにやっているのかってことですよね。「不祥事をなくしたい」とか「制度を厳しくしていきたい」っていうよりは、みんなが諦めている状況を変えたかった。
政治家になるのはいいけど 奈良だけはやめとけ
仲川市長:極端な話、私が「選挙に出る」って親に報告したら「100歩譲って政治家になるのはいいけど、奈良だけは止めとけ」って言われましたからね(笑)。でも、私の発想は逆で、仮に多くの人が「どうせ、奈良は変わらん」と半ば諦めている感情があるなら、やっぱりそこをひっくり返したいと思いました。
これだけ世界の方が訪れて、評価をして、素晴らしいと言ってくださる街なのに、住んでいる人が、諦めたり、悪口を言っているのは、あんまり好ましいことじゃないですよね。それであれば、いきなり日本一にならなくても、まず欠けているところ、課題があるところを「みんなが納得できるレベルまで改善しよう」と。いわゆる「普通の状態に戻す」ってことですよね。それはそれで最低限やると。
奈良には世界に誇れるものが沢山ある
加藤:今は不正が収まり、普通の状態に戻ってきたわけですね。
仲川市長:はい。でもそこで止まっていたら、全国どこにでもある、平均的な街になってしまう。この街には世界に誇れるものが沢山あるのに、雇用や税収など街の活性化に十分つなげられていない。
観光にしても、今までは東大寺と春日大社、鹿だけみて帰るような日帰り観光客が圧倒的に多かった。
それがこの数年で状況が一変した。従来は「夜が早い」「うまいものがない」「宿が少ない」が奈良観光の特徴と揶揄されていましたが、今はどれも当らない。夜遅くまで開いている美味しいお店も増えましたし、ホテルの客室数も急増しています。
ホテルが19軒から31軒へ
仲川市長:実は10年前には市内にホテルが19軒しかなかった。それが今は31軒。今年度中に4軒、2020年までに少なくとも計9軒が開業する予定です。この市役所の向かいにも日本初のJWマリオットホテルができます。
以前は「奈良はホテルがないから宿泊しない。だからホテルを誘致しよう」と、行政主導の取り組みを求める声もありました。しかし、ホテルも民間企業ですので、仮に税金を投じて一時的に誘致しても、すぐに撤退しては意味がない。だからホテルが進出したくなる街をつくろう、と考えました。
古い街並みが残るエリアで町屋の改修を進めた
加藤:具体的にどういうことを進めたのでしょうか。
仲川市長:そこで掲げたのが「もう一食、もう一泊運動」。観光客の滞在時間を延ばし、観光消費額を上げる狙いです。そのキラーコンテンツが奈良町。奈良町は古い街並みが残るエリアですが、ここで町屋の改修事業に力を入れました。町屋を借りて観光事業に活用したい人も多いのですが、改修費がかかりすぎて活用が進まない。
そこで、従来は外観だけだった改修補助金を、建物内部まで使えるようにしました。またこのエリアはちょうど東大寺などの世界遺産ゾーンとターミナル駅の間に位置し、商店街が間をつなぐ位置関係になっています。その効果もあり、商店街も盛況。今は空き店舗がほとんどない状態です。
自立した民が育たなければ続かない
加藤:持続可能な状態を行政側が強く意識しているということは大きいですよね。
仲川市長:観光振興やホテルの増加に対して、行政の直接的な支援が期待されがちな風潮がありますが、最終的に自立した民が育たなければ続かない。
もちろん刺激を与えたり、初動のリスクを取ったり、民の力を引き出す仕掛けづくりはガンガンやります。でも最後に、誰がどんな形で担う姿をゴールとするかをしっかりと想定して着手しなければ、結果的にやりっぱなしの焼野原になりかねないと思います。
これまでの業界は競争意識が乏しかった
仲川市長:そのためには民の意識改革も必要。特にこれまでの業界は競争意識が乏しく、稼ぎ時の正月に店を閉めてハワイでゴルフ、みたいな話は枚挙にいとまがありませんでした。
逆に言えば、それほど経営に困っていない、もともとの資産家も多く、サイドビジネスで不動産収入が安定しているので、本業で必死になる必要がなかった訳です。
一方、ここ数年で経営者の高齢化と世代交代が迫り、意識が高まってきたように感じます。
加藤:「このままでは、いけない」と。
民間への事業シフトを段階的に進めている
仲川市長:これは個々の事業者だけでなく観光協会や商工会議所などの団体も同じ。互助会的な業務や、検定の事務局みたいな代替性の高い仕事は捨てて、真剣に地域の自立に向けた戦略性を持たないと。他市を見ていても、会議所や観光協会が意欲的なところは、街全体も活気がある。
奈良市でも今、観光協会改革に大鉈を振るっていますが、最終的には民間自立の姿を描いています。具体的には市の観光部局と観光協会への委託・補助を合わせて年間8億円の予算をガラガラポンして、重複事業の整理や圧縮、そして極力、民間(観光協会)に事業シフトするように段階的に再編を進めています。
自分が必要とされているところでやりきる
仲川市長:持てる力を生かさないと、正直もったいないと思います。私は民間企業からNPOを経て市長になりましたが、行動する際の基準として「自分が必要とされているところでやりきる」ということを常に考えています。
行政も、右肩上がりで放っておいてもうまくいく時代には、私のようなタイプは必要とされない。レールの上を真っ直ぐに進む、職員上がりの市長のほうがうまくいく。多分(笑)。
私が市長という仕事を意識したきっかけの1つは、「もったいない」という感覚でした。これだけの奈良の資源を活かさないと先人に怒られますよね。
加藤:そうですよね、奈良にはすごい資源が沢山ありますもんね。「もう一食、もう一泊運動」のお話の後で申し訳ないんですけど、僕もこのあと日帰りで東大寺を回って、高速バスで帰っていきます(笑)。
仲川市長:やっすいですね(笑)。
加藤:お金にならなくて、すいません(笑)。
仲川市長:鹿せんべい5万枚くらい買ってください(笑)。
加藤:沢山買います(笑)。
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※本インタビューは全9話です
第1話 「市役所で談合が行われている」とテレビで放送
第2話 職員個人に『追い込み』がかかってくる
第3話 雨が降ったら休む職員もいた
第4話 「職員が勝手に土下座をした」という行政対暴力
第5話 リスクマネジメントは『仕組み』と『意識』
第6話 直接採用した弁護士と公認会計士はひっぱりだこ
第7話 政治家になるのはいいけど 奈良だけはやめとけ
第8話 市長は『街の編集長』
第9話 昔は行政なんてなかった