(記事提供=総務省消防庁 広報誌『消防の動き』 )
はじめに
奈良県広域消防組合は県内11消防本部が消防組織法に基づき広域化し、平成26年4月1日に誕生した消防組合です。
構成市町村は県下37市町村(10市15町12村)であり、管轄人口は約87万人で県内人口の65%、管内面積は3,361k㎡で県全体の90%に及ぶなど奈良県の大部分を占めています。
本部は橿原市に置かれ、消防署所数37施設、職員数は1,284名で全国でも類を見ない消防広域化による大規模消防組合です。
北西部の奈良盆地地域は大阪府と接していることから交通の便もよく、都市近郊地域として発展しており、京阪神大都市圏に含まれています。これに対して、宇陀地域など北東部は、大和高原と呼ばれる高原台地が続き、南部の吉野地域は、大峰連山や大台ケ原といった紀伊山地が大部分を占める山岳地域であり、過疎化、高齢化が急速に進んでいます。このように対極的な地域が並存する管内状況にあります。
また、管内には邪馬台国の有力候補地とされる纒向(まきむく)遺跡、日本最古の道といわれる山の辺の道、飛鳥時代ゆかりの地の飛鳥、南朝が置かれ桜で有名な吉野山などがあり、更には、日本最初の本格的な都城である藤原京が置かれた歴史があるなど、まさに日本のふる里ともいえる地域です。特に聖徳太子ゆかりの法隆寺を含む法隆寺地域の仏教建造物に加え、吉野から熊野に続く修験道霊場「大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)」などを含む史跡名勝があり、管内に2つものユネスコ世界遺産を有していることも特筆すべきことです。このように管内に世界遺産、国宝や重要文化財など数多くの貴重な遺産や文化財を抱えているという特異性から、住民の安心・安全を守ることはもとより日本の宝を守るという使命も有しています。
広域化に至るまでの経緯
奈良県では、平成18年の消防組織法の改正を受け平成20年3月に「奈良県市町村消防の広域化計画」が策定されました。その中で示された県内1本部、3本部、4本部の3通りが検討された結果、最大級のスケールメリットが期待できる「全県1消防本部体制(39市町村(13消防本部)で構成)」を目指すこととなりました。これに基づき奈良県消防広域化協議会が設立され、運営に係る調整や組織体制、費用負担等について協議が重ねられましたが、2市が協議会から脱退し、残る37市町村(11消防本部)により奈良県広域消防運営計画の策定を経て、平成26年2月、奈良県知事から奈良県広域消防組合の設置が許可され、平成26年4月1日に消防業務を開始いたしました。
広域化の効果
1 警防活動上の効果
(1)本部機能の集約による現場要員の増強
本部機能の統合、業務の効率化により生じた人員を現場要員として37署所等に配置し現場活動要員の増強に充てることで総合的に災害対応力の強化が図られています。
(2)初動・消火体制の充実
119番入電については、広域化直後は、旧11消防本部が置いていた消防署の通信指令台にてそれぞれ行っていましたが、平成28年4月に高機能消防指令システム・消防救急デジタル無線システムを導入した通信指令センターの運用が開始され、広域化前のそれぞれの管轄区域を越えた出動が可能となりました。すなわち、GPS機能を活用し、消防車両、救急車両等の位置や状況を瞬時に把握し、災害現場に最も近い車両から出動部隊を編成する直近出動体制をとることが可能となりました。
火災出動の初動体制では、広域化当初から比較して3、4台の車両が増隊となり、木造建物密集地区火災(46地区を指定)にあっては16台の車両が第1出動することで、出動隊及び消火能力の増強を行いました。
救助体制についても地震等災害対応能力を強化するため高度救助隊を1隊、特殊災害能力強化のため特別救助隊を3隊増隊させ、現在は高度救助隊1隊、特別救助隊6隊に加えて、山岳遭難者が増加傾向にある南部地域の広大な山間部の守りの要として管轄消防署4署から隊員25名を選抜し専門装備を備えた山岳救助隊の運用も開始しました。さらに令和元年8月を目途に、水難救助隊の発隊も予定しています。
広域化前の単独消防ではこれらの体制の整備費用の負担は困難でしたが、広域化により整備費用の合理化が可能となったことは、広域化の大きなメリットであるといえます。
また、西日本を中心に甚大な被害をもたらした平成30年7月豪雨に伴う緊急消防援助隊の派遣にあっては、6日間にわたり延べ39隊、157人の職員が岡山県内で救出活動を行いました。自署管内の消防力低下を招くことなく即時対応が可能となったことも広域化によるメリットの一つであるといえます。
(3)救急体制の充実
平成30年の消防白書において、救急出動件数は一貫して増加傾向を続けるとされています。当消防組合も例外ではなく、管内居住者の高齢化により救急出動件数が益々増加するものと想定しています。
119番入電から病院収容までの平均時間(病院収容時間)を4ヶ年(平成27年~ 30年中)で比較したところ、搬送人員が11.9%増加しているにもかかわらず、3.4分短縮できており、南部地域に限定した場合は5.8分短縮していることがわかりました。
搬送人員が年々増加する中、病院収容時間が短縮していることについては、病院の建設、道路の整備等の環境改善によるところもありますが、広域化による直近出動体制の効果もあると考えられます。
また、救急救命士等の教育機関として救急ワークステーションを開設し、救急救命士の再教育等を一元的に実施することで、知識技術の標準化、レベルの維持と指導救命士の養成が可能となりました。
その他として、高機能消防指令システム・消防救急デジタル無線システムを用いた通信指令センターの業務開始にあわせて奈良県から救急安心センター事業の業務を受託し、平成28年4月から運用を開始しています。これにより、救急安心センターの入電件数が増加する一方で、119番入電件数が減少していることから、緊急通報の確実な受信に繋がっているものと考えられます。
(4)大規模災害等の対応強化
管内における比較的規模の大きな災害としては、平成28年8月に吉野郡十津川村において発生した山林火災があります。この火災は、運用開始して間もない通信指令センターでオペレーションを実施したものですが、火災の拡大に伴い近隣消防署から消火隊、支援隊等を増隊させ2日間延べ29隊89名の隊員が災害活動に従事しました。
また、その翌週には吉野郡川上村大迫トンネルにて車両火災が発生しました。トンネル内での火災であることや通報時の状況から、初期出動で12隊37名が出動し、負傷者多数の情報を得て更に救急隊等3隊8名を増隊し活動にあたりました。広域化後は多数の車両、複数の部隊を統括するための指揮命令系統の統一をすすめ、広域化前と比較して出動部隊が増加したことにより他の消防本部からの応援を必要としない、初動出動体制が確立できたことにより、大規模災害時の対応強化が図られました。
このように迅速かつ効果的に大部隊を運用することが可能となったことも広域化による大きなメリットであるといえます。
その他、特殊災害としては平成29年8月に山辺郡山添村で発生した航空機火災があります。入電を受け「航空機火災第1出動」を指令し、北部方面隊及び山添消防署の指揮車2台、北部地域の署所を中心に化学車1台、ポンプ車4台(水槽付含む)、救助工作車3台、救急車4台の合計14隊が出動しました。中隊長から黒煙上昇の一報及び第2出動要請を受け、「航空機火災第2出動」体制に切替えられ、追加指揮隊の中央方面隊をはじめ救急車、無線中継車等が、第1出動に追加されて6隊が増隊されました。
このような初動体制の強化と迅速な部隊編成、そしてその運用による総合的な災害等への対応能力の強化は、広域化の効果であるといえます。
また、平成28年に発生した他都市における大規模火災の研究により、初動体制の充実と現場指揮者の確保、情報収集及び伝達能力の向上がいかに重要であるかが再認識されました。これを教訓に平成28年度から運用していた本部指揮支援隊を翌年度から方面隊に改編し、新たに方面隊2隊を増設し3方面隊(中央、北部、南部)として運用を開始しました。これらにより、現場指揮能力が向上し、複数事案や大規模災害時の情報収集能力が一段と高まり、消防力の強化がより一層図られるものとなりました。
2 広域化による財政的効果
(1)高機能施設等の整備
高機能消防指令システム・消防救急デジタル無線システムの整備費用については、広域化しない場合と比較すると、緊急防災・減災事業債(交付税算入70%)と奈良県からの補助金(15%)により約19億円の経費削減効果がありました。
それ以外においても、緊急防災・減災事業債の適用により、消防庁舎等の建て替えや新設、消防車両等の機能強化による更新により約19.8億円を削減することができました。
(2)救急車両の合理化
救急車両は、広域化前の消防体制においてはそれぞれの消防本部で国の示す消防力の整備指針に基づき整備されていたことから、広域化直後は救急車両が64台となっていましたが、現在は余剰の救急車を整理し、予備車を含め5台の減車に繋げることができ、合理化が図られました。
また、救急車の一括入札が可能となったことから仕様を統一、1台当たりの購入金額が下がったことで約0.3億円の削減となり、今後も車両入札においては削減効果が期待できるものとなりました。
3 人事面での効果
(1)職員育成
広域化前の旧消防本部のうち、7消防本部が一部事務組合であり、その大半が昭和52年以降に設立された消防本部であったことから、広域化以後に大量の定年退職者が発生する時期を迎えています。広域化しなかった場合、消防本部によっては、5年間で約20%から30%の職員が定年退職を迎えることが見込まれていました。これらの職員は多くの災害現場を経験していることから、当該職員の大量退職により消防活動能力が一時的に低下することが懸念されていましたが、広域化により職員数が1,300人規模の本部となったことで、消防活動能力の低下を防ぐことができました。
具体的には、広域化後の翌年から旧消防本部の枠を越えた署所異動・人事交流を行うことで、その対象となった職員の総数が平成31年4月1日現在で37.5%となり、各職員が新たな環境で勤務しています。これにより年齢構成の平準化が図られ、知識技術の改善の取り組みが進み、また若年層の職員にとっては都市部及び山間部での活動が経験できることで多様なチャレンジが可能となりました。これらのことが職員の職務意欲及び士気の高揚に繋がっています。
(2)研修等の充実
旧消防本部の枠にとらわれることなく、優秀な職員を選抜し、計画的に消防大学校、県消防学校、救急救命士養成所等に入校させることが可能となり、職員個々に対する専門的な知識習得を組織力強化の戦略として行うことが可能となりました。
また、予防行政部門では、広域化前は規模が比較的小さい本部では十分な研修が困難であったところですが、広域化後は、本部予防部が中心となり本部主導型の基礎研修、実務研修を計画的に実施しています。
今後の課題
広域化により、旧消防本部が保有していた消防力を統合して消防基盤の強化が図られ、ある程度の消防力の維持強化が可能となりました。
しかし、その一方で、急速な高齢化の進展や人口減少社会に対応するためには、地域の実情や人口割合等を勘案した消防力の効果的な運用が必須となることから、(一財)消防防災科学センターに消防力適正配置等調査を委託しました。調査結果に基づき、合理的かつ効率的な組織体制の構築のため、平成30年2月に「第1期奈良県広域消防組合中長期ビジョン」を策定しました。
今後の課題として、中長期的な視点から地域住民の理解を得たうえで必要な消防力の確保を前提として、署所配置の再編等を行うこととしています。
また、消防力の整備指針よりも強化配備されている特殊車両(はしご車、化学消防車等)の適正配置による経費削減の検討も進めていかなければなりません。
更には、奈良県広域消防組合規約及び奈良県広域消防組合の設立に伴う協定書により全体統合することとされている令和3年度以降の構成市町村の経費負担について整理が必要となっています。現在の経費負担は消防費に係る基準財政需要額割負担方式と旧消防本部単位による所属負担(自賄い)方法の併用となっています。
現在は、直近出動体制での運用となっているため、基本的には管轄の概念がなくなっているにもかかわらず、消防署所における活動経費は自賄い方式となっており、現場活動と経費負担とが、必ずしも一致しない状況が生じています。広域化のスケールメリットを活かした経営の合理化(経費削減、節減)と地域特性に配慮(山間部における人口減少、自然災害対応)した消防力の維持・向上のバランスを保ちつつ、更なる住民サービスの向上を目指すために「市町村分担金の負担方法等についての検討」として、平成30年度当初にワーキンググループを立ち上げ、新たな経費負担方法について検討を進めています。
当初、当消防組合の職員のみをメンバーとして進めてきましたが、平成31年1月からは、構成市町村からもワーキンググループメンバーとして参加いただき検討を進めています。
平成29年に「市町村の消防の連携・協力に関する基本指針」が策定され、また、平成30年に広域化の推進期限が6年延長され、全国にて新たな広域化が推進されていくことと思います。
奈良県広域消防組合は広域化によって得られた人材や財源をより高度な住民サービスに繋げることを目指しつつ奈良県広域消防組合の歴史と伝統を創造していきます。
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