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事例を知る

地域の未来 Vol.8 仕事人はシャッター商店街を「再生」した訳ではない

シャッター通りだった油津商店街は賑わいを取り戻した

(記事提供=METI Journal )

宮崎県日南市の油津(あぶらつ)商店街、4年で29店舗誘致

 少子高齢社会で人口減少が進み、経営者も高齢化するなど、商店街の置かれた環境は厳しさを増している。空き店舗の割合が10%を超える商店街が半数近く占める。そんな全国に広がるシャッター通りは町の景観だけでなく、地域社会のコミュニティーも損なってしまう。一方でコンパクトシティの必要性が叫ばれる中で、商店街に求められる役割も変わりつつある。地域の未来における新しい商店街のカタチとは?

「再生した」と話題の商店街

 宮崎県日南市にひときわ注目を集める商店街がある。かつては大勢の買い物客で賑わっていた商店街だったが時代の流れに逆らうことができずシャッター商店街へと変わっていった。そんな猫すら歩かないと揶揄された薄暗い商店街が最近「再生した」と話題になり、毎日のように全国から視察が訪れている。その商店街は油津(あぶらつ)商店街だ。

 この商店街が全国から注目されたのは今から4年前の2013年。シャッター商店街に20店舗を誘致することをミッションとする専門家を全国公募したのだ。その専門家への委託料が月額90万(税別)。市長の給与よりも高かった。そこで選ばれたのが、福岡県を拠点としていた自治体のコンサルタント、木藤亮太(きとう・りょうた)さんだ。

 
油津商店街の「再生」に取り組んだ木藤亮太さん

油津商店街の「再生」に取り組んだ木藤亮太さん

 木藤さんは当時、福岡県に在住。そこから九州各地を飛び回っていたが、クライアントの自治体に月数回通い、役所で数時間会議するだけでは町は変わらない。もっと地域にじっくりと腰を据えて仕事がしたいと、ちょうど思っていたという。そんなタイミングで日南市油津商店街の企画を知り応募した。

シャッター、空き地が続くアーケード

 着任して油津商店街を改めて歩いた木藤さんは「これは大変な4年間になりそうだな」と悟った。シャッター、シャッター、空き地、シャッターと続くアーケード下を歩くのは木藤さんひとり。そこに4年間で20店舗ものテナントを誘致しなければならない。縁もゆかりもない土地でたった一人でスタートするのはあまりにも過酷な状況だろう。

 しかし、4年経って任期満了となった2017年3月末時点で、木藤さんが誘致に関わったテナントは29店舗にも達した。目標の20店舗を大きく上回るものだ。商店街には人出が戻り、いまや観光客までが訪れる変貌ぶり。シャッター商店街に活気が戻った例は稀有なケースだけに、その再生ストーリー、スキームを学び、自分の町でも展開しようと、全国各地から視察が相次いでいる。

 では、この油津商店街の事例は商店街の「再生」と言って良いのだろうか。再生とは字の如く「再び生きること」であり、死んでいる状況から生きている状態に再び戻ること、そして元に戻ることを示す。しかし油津商店街は決して元に戻ったわけではない。

もはや「商店」街ではない

 商店街のイメージは、通りに商店が軒を連ね、買い物客で賑わう場所。かつての油津商店街も、八百屋、魚屋、金物屋、布団屋と、ありとあらゆる商店が連なり、買い物客でごった返していた。まさしく「商店」街だった。しかし現在の油津商店街にあるのは、カフェやゲストハウス、居酒屋、レンタルスペース、子供の遊び場、IT企業、工務店、保育園などで、実は「商店」に分類される業種は少ない。つまり油津商店街は、もはや「商店」街ではないのである。

オシャレなゲストハウスも立地

オシャレなゲストハウスも立地

 「商店街の再生」は住民にとってとても関心の高いテーマだ。特に年配の方々にとっては青春時代を商店街で過ごしたという人も多い。そんな思い出の商店街にはシャッターが閉まってしまい、人がいないことが寂しいという哀愁が根源となり、商店街再生には関心が集まりやすい。2015年度の商店街実態調査によると、商店街への来街者層でもっとも多いのは高齢者で、全体の41%を占める。その哀愁をベースにして商店街を再生させようとすると、「過去の復元」が行われてしまう。

 例えば、撤退した店舗をもう一度誘致するための施策が行われる。その最たるものが家賃補助制度だ。しかし、そもそも地域の人口が減り、地元客の消費行動が変化してしまった結果、閉店したところに、同じような店舗を無理やり復活させようとしても、一時的に店舗が入ってもすぐに閉店してしまう。「なぜ商店街の店舗が閉店してしまったのか」という根本の原因・背景を突き詰めた上で対策を講じる必要がある。

IT企業が進出し、外国人観光客も

 油津商店街には代官山を思い起こさせるレンガ調でガラス張りの建物や、グッドデザイン賞を受賞しているIT企業のオフィスがある。視察ではそれらの建物が注目されがちだが、木藤さんがデザインしているのはオシャレな建物ではなく、現在の需要と供給だ。

 かつて油津商店街の顧客は地元の買い物客だったが、今は外国人観光客やIT企業など地元外が多い。地元だけでは店舗の維持ができないため、外のマーケットにリーチできる幅広い業種を誘致している。そして地元外から得た「外貨」を油津商店街の店舗で消費することで、地元店舗の下支えにつながる。IT企業の社員が商店街でランチをしたり、ゲストハウスに宿泊する外国人観光客が商店街内のバーでお酒を愉しむ、という具合だ。

商店街の中にはIT企業のオフィスも

商店街の中にはIT企業のオフィスも

 全国の商店街で最大の問題となっているのは、経営者の高齢化だ。すでに年金を受給していたり、不動産を所有していたりして、引退して悠々自適な生活をしたいと思っている店主は少なくなく、そもそも空き店舗を貸す意思がないケースも多い。その一方で、古くからある商店街では店を締めることに後ろめたさを感じている店主も実は多い。もし自分が廃業すると地元から「また商店街が寂しくなった」と声が上がることを不安に感じ、閉めたくても閉められない。そうして店はあっても商店街から活気が失われる。

閉店しやすい商店がこそ健全

 語弊を恐れず言うと、健全な商店街とはオーナーが閉店しやすい商店街である。すぐに次のテナントが入り家賃収入が見込めれば、引退して奥さんと海外旅行を楽しんでも、親の介護に専念してもいいはずだ。油津商店街でも理事長を長年務めたふとん店が惜しまれながらも閉店したが、わずか2週間後にIT企業のダンドリワークスが入居した例がある。過去に賑わっていた時の姿にとらわれず、適度に店舗が入れ替わり、その時代に合った商店街へと新陳代謝を繰り返す状況をつくることが重要である。

 再生したと言われる油津商店街だが、実際は今と昔の店舗では顧客も業態も大きく違っている。過去の哀愁にとらわれず、その土地、時代、マーケットにあった商店街にゼロベースでデザインしていくことが本当の意味での商店街「再生」なのだろう。

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京都府与謝野町の山添藤真町長×和えるの矢島里佳代表

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