インタビュー

【仙台市 太田千尋氏:第5話】3.11の恩返し

太田千尋5

住民は一緒に行動する友達

加藤:お仕事を進める中で何を意識されていますか?

太田氏:私は基本的に住民を上から見たり、下から見たりとは考えてなくて、一緒に考えて、一緒に行動する仲間だと思っているんですね。同じ地域で幸せに暮らすためには、行政もお手伝いするし、自分たちも行動していただく。消防にいたときから常に上でもなければ下でもなくて、フラットな目線で仕事をしていました。

防災はライフワーク

加藤:今後はどういうことをされる予定ですか?

太田氏:3.11の後に、防災はライフワークとしてやると決めたので、これからも、3.11の恩返しです。あの時に受けた全国の皆さんからの支援、その恩返しをこれからも続けていきたいですね。

加藤:今日もボランティアで講演をされていたようですね。

太田氏:ライフワークでやらせていただいています。いろんな方とお知り合いになれるので私は好きでやっていますけど、他の人から見たら「馬鹿みたい!」って思うかもしれないですね。家内の了解というか、理解があればこそなんですけど。

太田千尋6

難しいからやりがいがある

加藤:今までお仕事をされてきた醍醐味はどういったものでしょうか。

太田氏:難しいから楽しい。だって人間関係なんかもそうかもしれないですよね? 最初は全然話してくれなかった人が、だんだん氷が解けるように少しずつ人間関係ができてくる。そうなってきて初めて、その地域で一緒に活動できるわけですよ。難しいから楽しいんです。難しいからやりがいがあると言ったほうがいいかもしれない。

加藤:今は楽しめていますか?

太田氏:楽しく生きがいを感じています。再任用になってから余計にそう感じてます。週4日勤務ですので、残りの3日間はプライベートでライフワークができます。

 ただ、いったん腹決めてやっちゃうと、どこからが仕事でどこからがプライベートなのか分からないんですよ。確かに線を引くことにもメリットがあるのかもしれないですけど、地域の人達や地域を支援する人達といろんな事業をしていくと、本当に境目が分からなくて、聞かれても仕事なのかプライベートなのかよく分からないです。

3.11の恩返し

太田氏:ずっと公務員として仕事をしてきたけど、3.11の時に全国から支援や義援金、そういったものを受けていながら、何も恩返しをしていないことにずっと心の中でもやもやしていたんですよ。一人だけでもいいから恩返しをする、そういう人間が一人くらいいてもいいじゃないかと思ってやらせてもらっています。「何もそこまでする必要あるの?」と言う人もいるけど、「仙台市に一人ぐらいいてもいいでしょ?」と思っています。自分が少しでも恩返しができるならそれでいい。

加藤:素晴らしい活動だと思います。今日はお時間いただきありがとうございました。

太田氏:こちらこそ、ありがとうございました。

編集後記

 震災当時、東京で働き東京に住んでいた私にすら、大きな衝撃が走った。私はその時、会社のあった品川駅近くのレストランにいた。お店のお皿やグラスが大量に落ちて割れ、慌てて外に出てみると、信号はまるでアニメの世界かのようにグニャグニャと動いている。
 見上げてみると、地上約150メートルの商業ビルがグラグラ揺れていた。冗談抜きに今にも倒れてしまいそうな角度で何度も左右に揺れていて、そのビルに入居していた当時のクライアントは、「生きた心地がしなかった」と後日話していた。

 現地の被災者の方々はその爪痕と今も向き合いながら日々歩まれているのだと思う。「5年間は海に行けなかった」という太田千尋氏の言葉は、太田氏の明るさや朗らかさと対照的に静かで重いものだった。

 太田氏が震災後に企画開催した、「岩手宮城内陸地震の被災地へのバスツアー」は、本当に素晴らしいイベントだったのではないかと思う。「時間が経ったら絶対に復興する」と自らの目に焼き付けることによって、復興へと向かう勇気が湧いた方も多かったのではないだろうか。人はイメージできない路を信じて進むことはできないからだ。

 日本という国にいる以上、今後も必ず大規模な災害は起きてしまうだろう。その時には東北が「時間が経ったら絶対に復興する」という象徴となるような存在であってほしい。そして、多くの公務員たちが今現在もなお、復興のために尽力している事実は、世の中で広く知られ、評価されてもいいのではないだろうか。

復興の現状と課題(復興庁)

震災復興のいま(Yahoo!Japan)

※本インタビューは全5話です。facebookとTwitterで更新情報を受け取れます。

 

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