インタビュー

【元陸前高田副市長 久保田崇氏 #1】内閣府から出向 副市長として復興を進める

久保田崇1

【久保田崇(くぼたたかし) 経歴】
1976年静岡県掛川市生まれ。内閣府勤務を経て、東日本大震災後のボランティア活動がきっかけとなり陸前高田市に出向し副市長を務めた。現在、立命館大学教授。内閣府在任中にニート・ひきこもり対策の『子ども・若者育成支援推進法』を立案したほか、NPO法人プロジェクトK(新しい霞ヶ関を創る若手の会)の運営に携わる。青山社中リーダーシップ・公共政策学校副校長。主な著書に、『官僚に学ぶ仕事術』(マイナビ)『私が官僚1年目で知っておきたかったこと』(かんき出版)など。

―東日本大震災で大きな被害をこうむった陸前高田市。住民1,757人が亡くなり(行方不明者含む)、市役所の職員も25%が亡くなった。市の職員295人のうち、68人が亡くなるという非常事態の中にあっても、市は復興のために動き続けなければならなかった。内閣府から出向し、2011年の8月1日から2015年の7月までの4年間、陸前高田市の副市長としてお仕事をされた久保田崇氏に自身の活動とお考えについて話を伺った。

陸前髙田の力になりたい

加藤(インタビューアー):陸前高田市でお仕事をする経緯を教えていただけますか。

久保田氏:震災が発生したときは東京で、内閣府に勤め青年国際交流の業務を担当していました。防災を担当していたわけではありませんが、震災が発生してから2カ月後の5月に前武雄市長の樋渡啓祐さんに誘われ、休みの日に陸前高田へボランティアに行きました。

樋渡啓祐 久保田崇

<左>前武雄市長 樋渡啓祐 <右>久保田崇氏

 前日に仙台に泊まって、次の日に車で陸前高田に行き、避難所でいろいろ話を聞いて東京に戻りました。そうして戻った後に陸前高田市の戸羽太市長から連絡を頂いて、「ぜひ副市長として復興の仕事を手伝ってほしい」と言われました。
 おそらく内閣府の先輩である樋渡さんが私を推薦したのだと思うんですけども、まず驚き、そして悩みました。内閣府からの話ではないので本来は断ってもいいと思うんですが、戸羽市長は自身が震災で奥さんを亡くしながらも復興に尽力されている人で、断れなかったです。

 市長を見ていて、何かしら力になれたらなというのがありました。ただ、自分は別に防災に詳しいわけでもない、自治体行くのも初めてなんですね。そんな人間が役に立てるのか、かえって足手まといになりはしないかとずいぶん悩みました。

庁内の仕事は約6割

加藤:陸前高田市でお仕事を始めたときに、実務的な業務の時間配分は、どのようにされたのですか。

久保田氏:市内と市外の仕事に分類するとして、市内はいわゆる庁内業務というのと、庁外において行事等に出席したり住民と何か話をしているとかですね。市外は東京に出張したり、外から来るお客さんの対応というケースがありました。

 庁内と市内の業務は6割近くいくと思うんですよね。一方、いわゆる対外的な業務というところでいうと、3割から4割ぐらいでした。おそらく、全国一般の副市長だと9割ぐらいは庁内の仕事だと思います。

加藤:東京出張では何をされていましたか?

久保田氏:月1回ぐらい、国会議員や大臣のいる永田町と霞が関に行ったり、被災地の実情を伝えるような講演や、六本木にあるシンガポール大使館に行ったりしていました。なぜかというと、シンガポールの赤十字から寄付金を7億円もらっていて、それをもとに陸前高田市でコミュニティーホールを建設するという大きなプロジェクトがありました。その調整をするために、ほぼ毎月シンガポール大使館で打ち合わせをしていました。

復興計画をとりまとめる

加藤:陸前高田で最初に力を入れた業務は、どのようなものでしたか?

久保田氏:自分が赴任したのが2011年8月1日で、陸前高田市では体育館などの避難所から、仮設住宅に移転が完了した月なんですね。市役所としては、これからの復興計画を立てないといけないので、その計画作りに力を入れました。8月ぐらいから議論が始まって12月に計画を決定しました。

加藤:幅広い参加者がいる大規模な委員会だったのでしょうか。

久保田氏:そうです。商工会や漁協、農協、女性会など市内のいろんな団体の代表者に加え、外部の有識者なども入った50人規模の委員会です。委員会での議論に加え、いわゆるタウンミーティングを何度もやりました。陸前高田市内は11地区に分かれるんですけども、それぞれの地域を毎晩回って作りました。

廃校をボランティアが泊まる宿泊施設へ

加藤:この時期に他に力を入れた案件はありますか?

久保田氏:2012年の夏に、もともと少子化で廃校になっていた小学校の空き校舎を、国の復興交付金を使って、ボランティアが泊まる簡易宿泊施設に転用しました。
 2011年当時の考え方からすれば、直接被災者に役立つものでないから、そういう発想は庁内には少なかったと思うんですよね。だけど、自分はボランティアセンターなどによく顔を出していて、彼らの考えとか彼らがいかに苦労しているかというのも知っていました。
 善意で来てくれているのに、泊まる場所がないから内陸部の遠野市などに泊まって、遠くから通ってきていたんです。逆に彼らも「お金も落としたいんだけど、お金を落とす場所がない」と言うんですね。それを何かつなぎ合わせるようなことできないかとずっと思っていて、廃校に目を付けました。

廃校宿舎

※二又復興交流センターHPより

加藤:何人ぐらいの方が泊まれるのでしょうか?

久保田氏:最大で80人ぐらい泊まれるものなんですけれども、2,500円から泊まれる部屋もありました。雑魚寝のものや、少し値段の高い個室風の部屋があります。リフォームしてお風呂を作って、いまは地元のNPOがそれを管理しています。

加藤:安く提供しているものでも、採算は取れているのでしょうか。

久保田氏:初期投資が国のお金ですから、オペレーションコストが回ればよかったという面はあります。

加藤:なるほど。財源の所はまたのちほどお伺いしますね。

 

久保田崇氏が登壇する、青山社中リーダーシップ・公共政策学校「政策実務編②」が2月28日(水)に開講します(全3回、毎回水曜19:30〜21:00、遠隔受講可能)。
お申し込みは開講前日まで可能です。詳細はHPをご覧ください。

青山社中リーダーシップ・公共政策学校HPはコチラ
「政策実務編②」
1.目指すべき公務員のモデル
2.職場の人間関係の作り方(BOSSマネジメント)
3.公務員の人脈づくり(ネットワーキング)

 

※本インタビューは全7話です。facebookとTwitterで更新情報を受け取れます。

 

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