インタビュー

【横浜市役所 石塚清香氏 #2】行政が率先してデータを出すべき

石塚清香2

行政もやればいいじゃないか

加藤:『育なび』をやってみようと思われたきっかけは何だったんでしょうか。

石塚氏:元々は子育てポータルをやろうと思っていたわけではなく、オープンガバメントの第一歩としての「オープンデータ」を進めようと思ったのがはじまりです。情報システム課にいた2010年頃にオープンデータという概念があることを、知り合いのエンジニアから聞いて面白いとは思っていたんですけど、ITの仕組みやデータの作り方など、なまじ知識がある分、実際進めるのは難しいと思っていたんです。

 でも、そのあとすぐに東日本震災が起こって、ネット上でオープンガバメントの実例ともいえる活動が大規模に展開されている光景を目の当たりにして衝撃を受けました。Twitterでリレーされていく情報とかもそうですけど、民間の人たちが避難所の情報をガーっと集めて『sinsai.info』 とかいろいろな形で被災者やボランティアのために提供したり、東電にかけあって計画停電の情報をオープンにしてもらい、それをアプリ化して可視化したりする活動をしていたんですね。Googleのパーソンファインダー(災害時において友人や家族の安否を確認できるウェブサービス)に載せるために、避難所の名簿を写真で撮って、それをみんなでテキストに打っていくみたいなものもありました。
 そういう活動を見たことで「オープンガバメント」のカタチが鮮明にイメージできた。当たり前ですけど行政は市民に役に立つデータをたくさん持っているので「行政が率先して、データを出すべきじゃないか」と強く思った瞬間でしたね。

 その後すぐに、「アントレプレナーシップ制度」に応募したんですが、当時はオープンデータの「オ」の字もなかった時期でしたので、まずはデータを活用してなにができるかを見せようということで、仲間たちと話をしていく中で『育なび』の構想がまとまっていきました。

仲間と構想を練る

加藤:「アントレプレナーシップ制度」では、どのくらいの期間をかけてプランを作ったんでしょうか。

石塚氏:2011年の7月に始まって、最終プレゼンが11月か12月です。そんなに長い期間じゃないですね。9月の中間審査でいただいた色々な指摘を、公募で集まってくれた3人の仲間たちとブラッシュアップして、最終的に市長にプレゼンしました。

加藤:プランは業務時間内に仕上げるんですか。

石塚氏:そうです。週に1度、何時間かはその活動に使っていいと認められていました。仲間たちと集まって、ああでもないこうでもないと話をしたり、ヒアリングをしたりして練り上げていきました。最終プレゼンは4分しか時間が与えられないので、ペープサートを使ったイメージビデオを作ったりもしましたよ。

横浜市全体ではなく金沢区でオープン

石塚氏:実は、最終プレゼンで市長の好感触は得たものの、判断がされなくてアントレプレナーシップ史上初の「年度をまたいだ延長」になったんです。

 協力してくれる民間企業を探すことなどいくつかの課題に対して検討して、2012年の9月に再度プレゼンするよう言われました。その後4月に情報システム課から金沢区に異動し、前述の営業をしたわけです。
 結局その年の中間プレゼンで、横浜市全体では難しいという話になり、もうダメかなと思っていたのですが、私の営業を覚えていてくれた区長の後押しもあり、10月には金沢区でやることに決定して、2013年の8月に『育なび』がオープン。もうドタバタドタバタしていましたね。

メディアや口コミの力で広まっていった

加藤:『育なび』はどうやって広まったのでしょうか。

石塚氏:たまたま時期が良かったのかなと思いますが、本当に当時は『育なび』みたいなサイトがなかったんですよ。「行政のサイトでパーソナライズをする」ということ自体が「何じゃそりゃ?」みたいな話になって、急速に広まっていきました(笑)

『育なび』がオープンする前の7月に市長定例記者会見で「金沢区が今度こういうものを公開します」と発表したことも効いたと思います。市長定例で区役所の事例を発表するのはとても珍しかったのですが、NHKさんが育なびオープン当日に報道してくれたり、その後もいろんな新聞などで取り上げていただきました。

加藤:やりたかったけれども、実現できなかったことはありますか?

石塚氏:あの時点で達成できることは、ほぼ盛り込ませていただいたと思います。もっと情報が入ってたら良いとか、高望みをしだすときりがないですからね。もともと目的としていたオープンデータへの道筋も作れましたし、個人的にはITサービスは「永遠のβ版」だと思っているので、その時点では満足しつつ、「さ、次行ってみよう」という気持ちでやるのがいいんだと思っています。

作業のゴールをイメージできるようにする

加藤:開発を進める上で大変だったことはありますか。

石塚氏:改めて振り返ると困難って言えるほどの困難って、実はあまりなかったような気がします。『育なび』を作ってくれたエンジニアの方が大変だったんじゃないですか。(笑)
 特に当時のボスである金沢区長がすごく理解のある方で、最初からガンガン押してくれて、すごくやりやすかったです。

 ただ、これまでの経験の中で、進めるのが難しそうな部分は予想がついたので、そこは先につぶそうと動きました。

「ワンソース・マルチユース」の話もそうですが、各部署の協力は不可欠なので、どうやったら負担感なく、かつ気持ちよくデータを作ってもらうかというところは気を使いました。担当課の職員も、わけもわからずデータを出してくれと言っても、絶対に「嫌だ」って言うに決まっているじゃないですか。私でもそんな風に言われたら「嫌」って言います(笑)。

 なので、エクセル1行目に項目名を入れて、2行目に入力例を入れたものだけ用意するんですよ。例えば、保育園のデータが欲しい時は、名称、住所、電話番号、開所時間など、エクセルの1行目に入力してお願いする。そうすると、作業のゴールがイメージできるので、「これぐらいの作業負荷で済むのね」と相手が分かり、動いてくれます。元々大抵の課にはあるようなデータばかりですからね。

加藤:不明瞭な作業をやるのが、一番嫌ですよね。

石塚氏:そうですね。オープンデータって技術の問題ではなくて合意の問題と私はよく言っているんですが、必要な範囲がどこまでかを提示したり、面倒だと思う部分を先にやっておくことで合意が得やすくなります。
 それに共有できるアウトプットイメージがあることで「ここまでいいんだったら、プラスこれもお願いできる?」とか「実は、これもあると区民にこういう風に情報が出せてすごく助かるんだけど」みたいな相談をすることも可能ですしね。

 特に、ITって常に「私はシステムことなんてわからない」って身構えられることばかりなので、できるだけわかりやすく伝えるようには気を付けてるんです。それでもいまだに、カタカナを使いすぎだとか言われて、じゃあゴルフやる時にパーとかボギーとか言わずにやれますかってキレたりますけど(笑)。

 

※本インタビューは全5話です。facebookとTwitterで更新情報を受け取れます。

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