「霊気満山」とは、生命の力=霊気が満ちあふれることを指す。東京八王子高尾山の中腹にある薬王院浄心門には、霊気満山と書かれた扁額がある。この山にはまさにそんな霊気を感じる。
東京都心からわずか1時間という手軽さと、2007年に富士山とともにミシュランガイド最高ランクの星3つを獲得したことから、年間300万人が訪れる、世界一登山者が多い山としても知られる。
一方、八王子は江戸時代から養蚕や織物が盛んで、「桑の都」と称された。戦国時代末期、関東に覇権を握る北条氏の名将・北条氏輝が城下町を拓き、都市基盤が整備された。その八王子は、2020(令和2)年、東京都唯一の日本遺産に認定されたが、そのタイトルが「霊気満山 高尾山~人々の祈りが紡ぐ桑都(そうと)物語~」である。
日本遺産物語は、高尾山と桑都、それに北条氏輝の滝山城や八王子城跡などが核になっている。この3者の関係を読み解くのが、この物語の醍醐味となる。
そのストーリーはこうだ。氏輝は高尾山に武運を祈願し、領地の寄進や竹木の伐採を禁じる制札の発給など、高尾山を篤く庇護した。一方、養蚕農家は、大切な蚕を鼠から守るために「蚕守」の護符を薬王院に求めた。
そして、生糸や織物を扱った絹商人は、周辺の養蚕農家や機屋、江戸の問屋に薬王院の護摩札の配札を取次ぎ、高尾山の信仰圏を拡大させる一翼を担った。
人々は薬王院にご利益を求め、諸願成就の返礼として杉の苗木を奉納してきた。山内に建てられた数多くの石碑や、参道に並ぶ奉納板には、高尾山信仰の大きな特色である「杉苗奉納」が掲げられている。
つまり、高尾山(薬王院)は、氏輝や農民・商人たちの篤い信仰心のもとに古くから守られてきた山であり、それが今日、登山客を魅了する美しい霊気満山の山であり続けているということなのである。
今年11月、八王子に全国の日本遺産認定地域の方々が集う「日本遺産フェスティバル」が開催される。
その視察も兼ねて、4月下旬に高尾山や八王子城を訪ねた。薬王院の佐藤秀仁貫首にもごあいさつさせていただき、護摩体験もさせていただいた。高尾山内に立ち込める靄は、古くから「翠靄」と表現されるが、訪ねたのが新緑の季節ではあったが、緑豊かで冷やりとした高尾山の雰囲気は誠に魅力的であった。
桑都としての織物産業は、最盛期に比べれば衰退したが、今も八王子織物工業組合はとても元気である。大学との連携などを通じて、織物技術の革新やデザインなどに工夫を凝らしている。商人たちが庇護した八王子芸妓も、まちの魅力として大切に育てられている。
八王子は、今でも江戸の粋を色濃く残す魅力的なまちである。
(日本観光振興協会総合研究所顧問 丁野 朗)
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