(文=葛飾区・工藤 勝己)
このたびは、拙著『住民・上司・議会に響く!公務員の心をつかむ文章講座』をご紹介させていただく機会を賜り、誠にありがとうございます。このご縁に心から感謝申し上げます。
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1.志を立てるのに遅すぎることはない
「文章の磨き方」という研修の講師を務めています。2021年に『一発OK!誰もが納得!公務員の伝わる文章教室』(学陽書房)を上梓したのを契機に、この研修は始まりました。これまでに約400名が受講してくれましたが、皆さんから様々な感想が寄せられています。なかでも興味深いのは、「採用1年目の職員にも受講させてあげたい」という少しおせっかいな感想です。特に、主任・係長級の職員からこのような感想がたくさん届いているのは、想定外であり驚きでもありました。そこで、ある受講者に詳しく聞いてみると、次のようなことがわかってきたのです。
講義を聞いていると様々な気づきがあり、そのたびに職場にいる若手職員に採用当時の自分の姿を重ねるというのです。つまり、これまでの自らのキャリアを振り返ってみると、「採用1年目にこの研修を受けたかった」「文章の大切さにもっと早く気づきたかった」という感情が湧いてきて、それが研修受講後の感想にも強く滲んでいることがわかりました。
文章を磨くのに遅すぎるということはありません。文章の大切さに気づいたその日から、ぜひ文章を磨くための行動に移していただきたいと思います。
2. 文章力は必須のスキル
「公務員の仕事は、文書に始まり文書に終わる」と言われており、我々公務員は「文書主義の原則」に基づいてたくさんの文章を書いています。例えば、重点事業の成果や進捗状況を住民に周知するために、広報紙やホームページに載せる文章を書きます。このような場面では、たくさんの人の目にふれる文章が書けるというプレッシャーを楽しんでほしいと思います。しかし、文章を書くスキルが備わっていないと、何をどう書けばいいのかと不安になり頭を抱えることになってしまいます。
一方で、「環境基本計画」や「子育て支援計画」などの計画・方針類を策定する際に、皆さんが担当になったとします。すると、首長の顔写真付きで冊子の冒頭を飾るあいさつ文を、首長に成り代わって書くという大役が巡ってきます。これを単なる重圧だと受け止めるか、やりがいと捉えるかによって、文章の質が左右されます。これまで文章といかに付き合ってきたかが改めて問われることになるのです。
係長や管理職になれば、自ら文章を書く機会は減るかもしれませんが、部下が書いた文章をチェックして修正指示を出すという重要な役割を担うことになります。それなのに、文章を書くことに苦手意識を持ったままこれらの役職に昇任していくことになれば、本人にとっても組織にとっても悲劇でしかありません。公務員にとって文章力は必須のスキルだということを肝に銘じて、私たちは文章を磨き続けなければならないのです。
3.戦略的な文章で「住民」の心をつかむ
日頃、私たちは多様な媒体によって住民に情報を伝えていますが、その受け止め方は人それぞれです。したがって、「伝わり方」に焦点を当て、住民の心情を汲み取りながら言葉を紡いでいく必要があります。
本書では、第1章8に「フレーミング効果で行動変容を促す」という項目を立てました。首都直下地震や南海トラフ地震などの被害想定を伝えて、災害への備えを促すケースを想定してみましょう。例えば、「市民の生存率は85%である」という表現をした場合と、「市民の死亡率は15%である」という伝え方をした場合では、どちらが危機感を持ってもらえるでしょうか。生存率に着目してポジティブフレームにはめ込んだ前者の場合は、自身も85%に含まれるから大丈夫だろうという「正常性バイアス」が働きやすくなります。一方、死亡率を前面に出してネガティブフレームにはめ込んだ後者の場合は、15%に含まれたら大変だという危機感を抱いてもらいやすくなります。このように人間の意思決定に影響を及ぼす認知バイアスを行動経済学では「フレーミング効果」と呼んでいます。この効果に着目しながら、案件によってポジティブフレームとネガティブフレームを巧みに使い分けるようにすれば、より効果的な文章に仕上げることができます。
本書では、行動経済学や社会心理学の要素を取り入れて戦略的な文章を書くためのノウハウを、現場のリアルな事例を交えながらわかりやすく解説しています。
4.時には遊び心をもつ
本書は5章構成になっていますが、各章の最後にコラム形式で「公務員の文章あるある」を載せています。公務員が文章を書く際に犯しがちなミスを第5位から第1位までご紹介しましたが、このコラムのタイトルを「第5位」○○が不明、「第4位」○○が不適切、と伏せ字形式にしてみました。実は、この伏せ字形式のコラムが読者の皆さんに好評で、これから策定する計画でこのアイデアを模倣したいという嬉しい声も届いています。住民の共感を得たい、住民に行動変容を促したいというケースでは、このようなちょっとした工夫が大きな成果をもたらすことになります。
第2章27には「クイズ形式の文章で住民の好奇心をくすぐる」というコツを紹介しています。国や自治体が住民向けに書く文章では、「クイズ形式」の書き出しを見かけることはないかもしれません。なぜなら、遊び心をもって文章を書くのは不謹慎だという風潮があるからです。しかし、本書でご紹介している例文をご覧いただければ、「この手法もありだな」と、きっと思っていただけるはずです。
この他にも、体言止めや倒置法、修辞疑問など、御法度だと思われがちな手法を挙げ、読み手の心をつかむためのコツを惜しみなくご紹介しています。
5.ひと工夫して「上司」の心を動かす
新規事業を企画立案する際は、企画書や提案書などを作成して上司に見てもらいます。皆さんの職場にも、様々なタイプの上司がいるのではないでしょうか。例えば、石橋を叩いても渡ろうとしない慎重な上司。方針や考え方をコロコロと変える朝令暮改な上司。いくら素晴らしい企画や優れた提案であっても、このような上司が首をタテに振ってゴーサインを出さなければ、その企画が実現することはありません。ここぞという場面で、上司を納得させて共感を得るためには、駆使すべき様々なテクニックをあり、身に付けておけば重宝するはずです。
例えば、第3章44には「空・雨・傘で論点を整理する」という項目があります。「空・雨・傘」は問題解決のためのフレームワークであり、ビジネスのあらゆる場面で活用することができます。「空」を見上げると雨雲があるという事実をもとに、「雨」が降るかもしれないという解釈をします。そして、「傘」を持っていこうと判断を下すことになります。新規事業の企画立案書を作成して上司の快諾を得ようとするなら、このフレームワークを使って「事実」「解釈」「判断」で理論武装しながら文章を構成すれば、論点が明確になって上司の判断を助けることにもなります。
文章にメリハリを出したい。さらに説得力を高めたい。そのような場面では、「SDS法」や「PREP法」を用いて文章を書くと効果的です。第3章には、「忙しい上司にはSDS法で要領よく伝える」「提案書はPREP法で論理的に書く」という手法をご紹介しました。いずれも単語の頭文字をとったものですが、「要約(S)ー詳細(D)―要約(S)」の流れで文章を組み立てるのが「SDS法」であり、少ない文字数で読み手を説得することができます。また、「結論(P)-理由(R)-具体例(E)-結論(P)」の順に文章を構成するのが「PREP法」で、SDS法に比べて文字数は増えますが説得力抜群の文章に仕上げることができます。ただ漠然と文章を組み立てるのではなく、この二つの手法をケースバイケースで使い分けるようにすると、上司の心を動かす文章に仕上がります。ぜひお試しいただきたいと思います。
6.若いうちに議会答弁書を意識する
議会答弁書を書くのは管理職の役割だと思われがちですが、実際には主任や係長が草案を書いて課長が修正し、部長の確認を得るという流れが一般的です。このため、管理職になるまで議会答弁書の作成とは無縁だと思っている人は、早めに認識を改めるべきでしょう。
一方で、議会答弁書の書き方を手取り足取り教えるような研修は、ほとんどの自治体では実施されていません。また、答弁作成のノウハウを上司が丁寧に教えてくれることも稀有なケースだと思われます。実際には、場数を踏んで身に付けていく人がほとんどなのです。本書では、「料理のように書けば議会答弁書はうまくいく」と題し、料理の手順になぞらえて解説をしたうえで、私自身がこれまで実践してきた議会答弁書の書き方をご紹介しています。
様々な事業を計画的に進め、着実に成果を出していこうとするなら、地元議員の賛同を得たうえで応援してもらわなければなりません。そのためには、日頃からコミュニケーションをとり、議員の性格やライフワークを知っておく必要があります。第4章51には「議員のライフワークを心得て答弁を組み立てる」という項目を立てました。ほとんどの議員は、特に力を入れて取り組んでいる得意分野を持っています。これを「ライフワーク」と呼んでおり、議会答弁書を作成する際にも念頭におく必要があります。例えば、危機管理や防災に軸足を置きながら活動している議員がいたとします。この議員が会派を代表して予算編成についての質問をする場合、質問の読み原稿に「危機管理」や「防災」という言葉が入っていなかったとしても、答弁の中に「危機管理」「防災」のエッセンスを盛り込むようにすると、信頼関係の構築にもつながります。メッセージ性が極めて高い議会答弁書の特質を十分に認識したうえで戦略的な答弁書が書けるようになれば、公務員としての仕事の醍醐味を存分に味わうことができるはずです。
若手職員の皆さんも、議会答弁書の作成を意識しながら業務を遂行していただきたいと思います。
7.文章を磨く習慣を持とう
「習慣は才能を逆転する」。これは著名人の金言ではありません。私自身の経験から生まれた言葉です。良い習慣は知識を蓄積させ、自らを成長軌道に乗せてくれます。このことを念頭に、私自身が習慣づけてきたことを本書でもご紹介しています。第5章71には、「言葉のパズルを大いに楽しもう」と書きました。例えば、次の文はとても短いですが、言葉のピースを入れ替えると他にも5通りの表現をすることができます。
すべての文章は「言葉のパズル」です。
(1)すべてが「言葉のパズル」です。文章とは。
(2)文章は「言葉のパズル」です。すべてが。
(3) 文章はすべて「言葉のパズル」です。
(4)「言葉のパズル」です。すべての文章は。
(5)「言葉のパズル」です。文章はすべて。
通常、私たちは無意識のうちに言葉のピースを自在に入れ替えながら文章を書いています。しかし、その入れ替え作業がうまくいかないと、一度読んだだけでは理解できない「難文」や理解不能な「悪文」が出来上がってしまいます。言葉のパズルを読み手本位で組み立てるという意識を持って文章を書く習慣をつければ、読み手の心をつかむことができるようになるはずです。
チャットGPTを始めとする生成AI(人工知能)を積極的に活用しようとする動きが全国の自治体に広がっています。業務の効率化や住民サービスの向上を目指す自治体にとっては、まさに「救世主現る」といったところでしょうか。しかし、忘れてはならないのが、人間がAIを手なずけて使いこなすのか、それともAIが人間の仕事を奪うのか、それは人間しだいだということです。住民や議会に向けて書く文章をAIに丸投げするようなスタンスをとれば、その自治体の職員の思考力はたちまち低下していくでしょう。SDGs未来都市を標榜し、持続的な発展を目指す自治体にとって、それは悲劇の始まりにもなりかねないリスクをはらんでいるような気がします。
「心」を持たないAIによって生み出された文章に、住民が「心」を奪われることがあるとするならば、それは職員一人ひとりがこれまで以上に文章力を高める努力をし、優秀な校正者や一流の編集者として機能するようになった時なのかもしれません。
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