この春、突然の人事異動で昨年4月に着任した創業・立地推進部長の職をたった1年で離れることとなった。
この連載のタイトルも「元・スタートアップ部長が行く!」と改めるべきところかもしれないが、今回を含めて残り4回は「スタートアップ部長」だった3月までに体験したことや思ったことを中心にすでに骨子は固めているので、この連載終了までは「スタートアップ部長」としての残務処理と思っておつきあいいただきたい。
今日、ご紹介したいのは、福岡市都心部のど真ん中、大名にスタートアップ都市・福岡のフラッグシップとなる新たな拠点として開設された「FUKUOKA Growth Next」について。
3年前に閉校された大名小学校の校舎を活用し、市内三か所に点在していた市直営のインキュベート施設を統合、新たにコワーキングスペースや敷居の低いスタートアップ相談窓口として年間1600件の相談を受ける「スタートアップカフェ」も併設した、これまでにない官民共同運営の全く新しいスタートアップ拠点施設である。
起業家、投資家はもちろん、既存の大企業や中小企業、金融機関、大学・研究機関、学生、NPO、一般市民などなど、国内外の多様な職種、立場の方々がここで出会い、つながり、交わる中で新たな化学反応が生まれ、それがアジア、世界に羽ばたくビジネスの第一歩になる、福岡からダイレクトに世界につながることができるスタートアップ都市の新たな装置として、非常に短期間での突貫工事で関係者の皆さんには大変ご苦労をおかけしたが、去る4月12日にグランドオープンの日を迎えることができた。
前回、福岡のまちの持つ魅力として「コミュニティの小ささ」と「熱量」について触れたが、今回この施設が担うべき第一の役割は、この熱くて濃い福岡のスタートアップコミュニティの「可視化」である。
「FUKUOKA Growth Next」の誕生に合わせ、スタートアップ業界に関わりの深い方もそうでない方も含め国内外から多数の方々にご来場いただき、会場内にあふれる熱気は開催事務局の想定をはるかに超えたカオス状態。
オープニングセレモニーで高島市長が宣言した「みんなで新しい時代を切り開いていく、チャレンジすることが尊敬される。そんな文化をこの福岡で生み出し、日本中に発信していく」という決意表明を受け、生まれ変わった廃校舎に「きっと何かがここから生まれるに違いない」という期待があふれかえっているのを目の当たりにして、誰もが「福岡、すげえ!何かやりそう!」と感じたに違いない。
廃校舎を活用した日本最大級のスタートアップ支援拠点の誕生で否応なく「可視化」された福岡のスタートアップコミュニティをめがけて、すでに国内外から高い関心が寄せられているが、様々なヒト、モノ、情報がこの場所で出会い、つながり、交わることで生まれる「化学反応」こそが、この施設が担うべき第二の役割。
「FUKUOKA Growth Next」を中心に始まる化学反応が、福岡市内のあちこちでいろんな分野での新たなチャレンジを誘因し、その中から生まれた新たなスタートアップが大きく成長し、次代を担うユニコーン企業となることが我々の壮大な目論みである。
スタートアップ企業の成長をサポートする施設運営を行うのは、数多くのスタートアップ支援を手掛けた民間企業の連合体。
これまでの市直営から官民共同での施設運営へと舵を切り、行政の役割は場や空間の提供や情報発信によるムーブメントの創出のみにとどめ、実業の部分にあたる個々の企業の育成支援はその道に精通した民間事業者が担うことで、より高い成果を効果的に得られる運営体制としていることも「FUKUOKA Growth Next」の特徴である。
まだ出来立てほやほやの施設ゆえ、未熟で至らないこともあるかもしれないが、この施設に関心を持つすべての皆さんの手で、この施設を福岡が世界に誇れる夢の施設として大きく育てていただけたらと思う。
私もこの日の歓喜を皆さんとともに迎える予定だったが、突然の辞令により担当業務ラインから側面支援ラインとなる経済観光文化局総務部長兼中小企業振興部長を拝命することになり、経済観光文化局の総務、政策調整全般を担当するとともに、中小企業振興、商店街・伝統産業振興、就労支援・雇用政策等を担当することとなった。
スタートアップの世界に触れ、この場で働くことに大変やりがいを感じつつ、これまでの仕事とは畑違いなこともあって戸惑いや迷いの中でいたずらに時が過ぎ、十分に務めを果たすことのないままたった1年でこの場を去ることを大変申し訳なく思う。
しかしながら、新たな職場では福岡市の経済政策全般を総括するとともに、中小企業や商店街など地場経済を支える方々とのパートナーシップを担当することから、この「FUKUOKA Growth Next」をはじめとするスタートアップの勢い、熱量を福岡の経済活動全般に波及させていくための重要な役割を担えると思えば、この異動もまた一興。
この1年でスタートアップ界隈の皆さんとの出会いで得たものを活かせるよう、新たな職場で根を張ってしっかりネットワークを構築するとともに、それをまた皆さんと共有し、大きく輪を広げていけるよう精進したいと思う。
【今村寛氏の過去のインタビュー】
全国から依頼殺到!土日返上で自治体のフトコロ事情の現実を広める先駆者 福岡市役所 今村寛氏
京都大学を卒業後、1991年より福岡市役所にて勤務。2016年3月まで、財政調整課(*1)で課長を4年間務め、2016年4月より創業・立地推進部長となる。
財政調整課長時代に培った経験から、地方自治体の財政状況をわかりやすく説明する「財政出前講座」と、財政シミュレーションゲーム「SIM2030(*2)」の開催依頼を受け、全国各地で行っている。
現在は経済観光文化局の創業・立地推進部長として、福岡市における企業誘致や民間の新規事業創出に貢献している。また、福岡市にてオフサイトミーティング「明日晴れるかな」を運営し、福岡市と他自治体、民間等のつながりを積極的に生み出している。
*1 財政調整課とは
地方自治体の金庫番。多くの自治体では「財政課」。各事業部と調整し、予算の配分・編成・執行管理、財政計画・調査などを行い、地方自治体の花形の職種とされる。地方自治体の予算編成の時期には相当な激務をこなす。
*2 SIM2030とは
地方自治体の持っているお金をどのように配分していくかということを体験するゲーム。このゲームの中で、社会保障費の高騰や税収減に向き合う地方自治体が、その限られたお金を運営する上で、どの事業を止めてコストを捻出するのか、それとも借金をするべきなのかなどを判断していく。