「福岡市経済観光文化局創業・立地推進部長」
これが私の肩書きである。
起業・創業の支援、企業誘致、新産業の振興、産学連携を担当する、福岡市役所きっての花形ポストに私が着任したのは2016年4月。
それまでの4年間、福岡市の1兆9千億円の予算を預かる財政運営の実務責任者、財政調整課長を務めた私の異動先は、ここ数年の私の立場や仕事内容を一遍させる別天地だった。
財政の仕事は市の意思決定に係る内部調整を司る官房部門なので、仕事は完全に内向きで勤務時間中に話す相手は基本的に職員か議員かマスコミ。一般市民や経済界の方々とはほぼ無縁な職場である。ところが、この職場に異動してまず驚いたのは「名刺があっという間になくなる」ということ。
経済界、企業人、起業家、研究者、学生、NPO、市民活動家、一般市民等々、とにかく市役所の外の人と会って、意見交換、情報交換、交流をしないことには始まらない。
外勤はおろか、他の自治体の財政担当課くらいしか外部との情報交換の場もない財政時代とは雲泥の差の職場環境に、正直最初は戸惑った。が、この環境は自分が長く官房部門に身を置く中でずっと志向していた「市役所の外とのつながり、関係性の中で、多様な立場の方々と共働、協業できる職場」そのもの。以前から異動希望にそう掲げてきた自分にとっては、まさに求めていた場所だった。
財政畑の経験を活かし、さらに官房部門の中で私を活用するのではなく、経済畑では門外漢の私をこのポジションに配置するというチャレンジをしていただいた人事当局の配慮を大変ありがたく思う。
官房部門が長く、職務での外部人材との接点が少なかった私には、今後の業務に必要となる経済界、企業人、起業家、研究者等との交流経験が乏しく、その方面の人脈が薄いという弱点があったが、幸いなことに私には武器があった。
それは、財政時代に始めた「明日晴れるかな」オフサイトミーティングと「財政出前講座」で培った、仕事以外の場での出会い、つながり、交わりと、それを支えた「対話」の力である。
2012年以降、福岡市職員を中心に、職場や立場を離れ自由気ままに日頃思ったことを語り合う「ゆるーい対話の場」を140回以上開催し、また、財政のことを一人でも多くの職員、市民に知ってほしいと80回もの回を重ねた「財政出前講座」を通じて、年齢、職種、職業、地域も超えてたくさんの方と出会い、くだらない戯言から真面目なテーマトークまで幅広く意見を交わし、対話を続けてきた。そのおかげで、市役所内外を問わず、普段の仕事では出会うことがない多くの方々とのご縁をいただいた。
この経験を通して、肩書や立場の鎧を脱いで素の自分として人に会う、自分を語るということが身についていたおかげで、昨年4月からの環境変化に順応できたのではないかと自分では思っている。
職場が担うミッションも、財政時代とは大きく転換した。財政の仕事は「限りある財源をいかに効果的に配分するか」が主眼だったが、我が経済観光文化局のミッションは、地域の将来を支える経済活動の担い手をいかに見出し、育て、豊かな市民生活を支える雇用や税収を維持増進していくか。支出を絞る担当から、収入を稼ぐ担当へと、まさに180度の方向転換である。
その中でも、福岡市が今一番力を入れている取り組みが「スタートアップ」。
起業・創業を促進し、新たな価値を創造していく企業や人材が挑戦できる「スタートアップ都市・福岡」を目指し、高島市長の強力なリーダーシップと情報発信力が牽引する福岡市の取り組みは、今や全国から注目されている。
こんな注目施策の陣頭指揮が、門外漢の自分に務まるだろうか?
そんな不安に苛まれながらの多難な船出から約1年が経ち、このたび、この「地方自治体を応援するメディア~Heroes of Local Government」での連載のお話をいただいた。
「財政」の話なら、「オフサイトミーティング」の話なら、今までにもあちこちで話しているし、ネタもたくさんある。
しかし、今の職場での話となると・・・?
今回筆を執った「スタートアップ部長が行く!」は、「スタートアップ都市・福岡」の陣頭指揮を執る私、今村寛がこの約1年の経験を経て感じたことをもとに、福岡市のスタートアップ都市づくりの取り組みやその底流にあるまちづくりの哲学(のようなもの)を、私個人の言葉でお伝えしたいと思っている。
また、皆さんの反響などもいただき、多少脱線しながら、折に触れて私の仕事観などについてもお話しできればとも思っている。
しばらくの間、皆さんのお時間のある時、興味のある話題におつきあいいただけるとありがたい。
【今村寛氏の過去のインタビュー】
全国から依頼殺到!土日返上で自治体のフトコロ事情の現実を広める先駆者 福岡市役所 今村寛氏
京都大学を卒業後、1991年より福岡市役所にて勤務。2016年3月まで、財政調整課(*1)で課長を4年間務め、2016年4月より創業・立地推進部長となる。
財政調整課長時代に培った経験から、地方自治体の財政状況をわかりやすく説明する「財政出前講座」と、財政シミュレーションゲーム「SIM2030(*2)」の開催依頼を受け、全国各地で行っている。
現在は経済観光文化局の創業・立地推進部長として、福岡市における企業誘致や民間の新規事業創出に貢献している。また、福岡市にてオフサイトミーティング「明日晴れるかな」を運営し、福岡市と他自治体、民間等のつながりを積極的に生み出している。
*1 財政調整課とは
地方自治体の金庫番。多くの自治体では「財政課」。各事業部と調整し、予算の配分・編成・執行管理、財政計画・調査などを行い、地方自治体の花形の職種とされる。地方自治体の予算編成の時期には相当な激務をこなす。
*2 SIM2030とは
地方自治体の持っているお金をどのように配分していくかということを体験するゲーム。このゲームの中で、社会保障費の高騰や税収減に向き合う地方自治体が、その限られたお金を運営する上で、どの事業を止めてコストを捻出するのか、それとも借金をするべきなのかなどを判断していく。