(記事提供=総務省消防庁 広報誌『消防の動き』 )
1 はじめに
神奈川県東部に位置する横浜市は人口約373万人、高齢化率24.3%(平成30年1月1日現在)の政令指定都市です。これまで人口が増え続けてきた横浜市も、2019年をピークに減少へ転ずると考えられていますが、高齢者については2045年まで人口増加を続ける見込みであり、今後は急速に高齢化が進むと予想できます。
2 経緯
横浜市では、平成29年3月に横浜市官民データ活用推進基本条例が公布されました。この条例により、横浜市が直面する課題を官民協働で分析することの重要性について触れられたことがきっかけとなり、横浜市立大学医学部臨床統計学教室(以下「市大」という。)との共同研究という形で、膨大な救急搬送記録等をベースにした救急出場件数の将来予測が実現するに至りました。
3 予測モデルの構築
今回の研究は、ある数値の変動を複数の要因から説明するための統計手法である重回帰分析を使用して将来の救急出場件数を予測する取組みであり、予測モデルの構築こそがその核となります。どんな要因が救急出場件数に影響を与えているのかをデータから導き出すわけですが、最終的に採用されたデータは、将来人口推計、流入人口、インバウンド目標値といった人口動態の他、前日との気温差等の気象データ、連休明けの平日か否か、適正利用広報費といったものまで多岐にわたります。
予測モデルを決定するにあたっては、市大と消防局が救急隊の活動や過去の需要傾向についても改めて分析を行い、実際のデータを見ながら幾度も議論を重ねていきました。この議論は、市大側に救急出場という事象について理解してもらうだけでなく、消防局側も外部からの質問を受けることで現状を再認識することになり、この後の予測モデル構築につながるアイデアを生む重要なステップになったと言えます。
4 予測結果の考察
年間救急出場件数について「市内在住」「市外在住」「海外在住」の3モデルで予測した結果を合算したものがグラフ1です。
今後も救急出場件数は増加の一途を辿り、2030年には24万件超に達する見込みです。また、2030年には高齢者の割合が70.2%にまで増加するという予測は、需要の中心が高齢者にシフトすることを意味しており、救急隊の活動内容にも今後変化を与えるかもしれません。 次に、救急需要を考える上で重要なポイントである時間帯別の救急出場件数について分析を行った結果をグラフ2に示します。
ピークタイムである午前中がさらに増加傾向となり、2030年の10時台における平均出場件数が40件(2015年の1.43倍)となる等、日中の救急出場件数が大幅に増加し、夜間との差が顕著となる見込みです。
5 データの公開
本研究を行うにあたり消防局と市大は、横浜市の救急需要予測に関する研究にかかる協定の中で、研究内容やデータの公開等について取り決めを行いました。これは、研究の成果及び研究に使用した救急搬送記録について、可能な限りオープンデータとして公開することを当初から目指していたためで、横浜市ウェブサイトにて「救急搬送記録」「予測モデル」「予測結果」をCSV形式で公開しました。
消防局にとって本研究最大の目的は「有効な施策を立案するための予測データを入手すること」に他なりませんが、この予測データを行政だけが保有していても、市民と課題を共有することはできません。今後も可能な限りデータを公開し、公民連携の可能性を探るべきと考えています。
6 今後の展開
この共同研究は現在も継続中であり、現在は細かなエリアや短期の救急需要予測に取り組んでいます。今年度は市域をメッシュに区切り、メッシュごとの解析を進めています。時間帯や天候などで変化する救急需要のホットスポットを探り、救急隊の効率的な運用に活用しようとしています。
7 おわりに
近年注目されているトピックスの一つにEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)があります。「確かな根拠に基づく政策立案」を意味する言葉であり、確かな根拠としての予測データとそれに基づく救急需要対策はEBPMそのものであると考えています。EBPMと公民連携、この二つは高い透明性を担保することで初めて成立する本来的な行政の在り方であり、研究成果を最大限有効活用する手法でもあります。
今後も研究は継続しますが、常にこの二つを意識して取り組んでいきます。