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#地方公務員が気になるニュース 令和8年9月15日(道路・橋)

記事タイトル:再開通まで「少なくとも2年」 熊本地震で「激しくズレた橋」復旧方針まとまる 高速道路で唯一の通行止め未解除区間
https://trafficnews.jp/post/704344
(文=木下義昭)

前回は、橋の耐震設計が極めて強い地震に対して「無傷」を目指していないことをお伝えしました。今回は、その基準がどうやって作られてきたのか、という話です。

7月28日の熊本地震から1か月あまりが経ちました。8月に入り、通行止めが続いていた区間が相次いで再開しています。九州自動車道の松橋IC~えびのIC間は8月14日午前6時に、南九州自動車道の八代南IC~田浦IC間は8月18日午前6時に再開しました。ただし再開は、被災した構造物が元の姿に戻ったという意味ではありません。

橋桁が大きくずれた妙見第一橋がある八代JCT~八代南IC間は、いまも通行止めが続いています。NEXCO西日本は8月29日に第2回の復旧検討委員会を開き、31日にその結果を公表しました。復旧案は4案から、工期がおよそ2年となる2案に絞り込まれています。この区間が通れるようになるのは、少なくとも2年先です。

なぜ2年もかかるのか。それは、この橋の壊れ方が、これまでの想定とは違う部分もあるからです。橋脚の直下を通る日奈久断層が、揺れと同時にずれました。地震直後の測量では、断層を挟んで地盤が沈下側と隆起側に分かれ、上り線で1.2メートル、下り線で1.3メートルの高低差が生じています。水平方向にも最大0.8メートル動きました。橋はこの地盤の変位により、桁が脱落して路面に大きな段差が生じました。

ここで、耐震基準の歴史を振り返らせてください。国土技術政策総合研究所は「震災から学び発展してきた道路橋の耐震技術基準の100年」として、地震のたびに基準を改めてきた歴史を整理しています。1923年の関東地震を受けた1926年の細則案が、世界で初めての橋の耐震基準でした。新潟地震で液状化が、兵庫県南部地震でレベル2地震動と落橋防止が、東北地方太平洋沖地震で設計地震動が、それぞれ基準に反映されてきました。基準は、壊れてから変わってきたのです。

断層のズレについては、扱いが違います。2016年熊本地震のあとの阿蘇大橋地区の復旧では、「断層変位が橋に及ぼす影響を最小化できるように、橋の架設位置や構造形式に配慮する」ことが基本方針とされました。力で耐えるのではなく、避ける、あるいは影響を小さくする。そのうえで「想定外の損傷」から「想定通りの損傷」へ、落橋に至りにくく機能挽回がしやすい壊れ方に誘導する、という構造戦略が打ち出されています。

今回の委員会でも、早期の通行止め解除を最優先しつつ、将来再び被災しても速やかに応急復旧できる構造を目指す、という方針が妥当とされました。この考え方は、その延長線上にあるのだと思います。2年という時間は、力で元に戻す時間ではなく、次に備えた形を選び直す時間なのだと受け止めています。


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