コラム

加賀屋さんの大量採用【トラベルスクエア】

松坂氏コラム素材

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[記事提供=旬刊旅行新聞]

 「日本一の旅館、最多85人入社」というニュースには心が躍った。

 3月24日(水)、石川県・和倉温泉の加賀屋さんで入社式が行われ、85人の新採用者が列席した。この数字は1906年の創業以来、最多。これまでの記録であった2015年の76人を破ったかたち。

 サービス産業にかかわらず、コロナ以降の不況を予測し、企業の大半が人員縮小、採用手控えを考えているなかでの拡大路線に踏み切ったのには、強かなコロナ対策作戦も含まれていた。

 ずばり、食事のお部屋出しを大々的に復活させようというわけだ。

 考えてみると、身内的な親密な4人くらいの会食で、他のお客さんとの接触がなく、しかも窓が開いて、換気も十分できるお部屋での食事は、コロナ禍のなかでは最良の食事環境といえる。

 実際、部屋食でというお客からのオーダーも多く、それに対応するために、大量採用になった。

 この30年間近く、生産性が低いと断罪され続けたのがお部屋出しだった。

 会席料理だと、正式なら1人の仲居さんが10回以上お膳を運ばないといけない。いくら略式にしても、熱いものは熱く、冷たいものは冷たく、となればやはり4回くらいは運ばなければいけない。旅館は複数人数入る原則だから、とにかく人海戦術でしか対応できないところがあった。それが「過剰サービス」と受け取られて、人件費増の悪玉扱いが普通だったのだ。しかし、そんなお部屋出しが今、一番喜ばれる供食形態だ。そこに目を付けての加賀屋さん今回の措置は、未来を見据えたもの。

 これにより、大きな設備投資を繰り返してきた料理の自動搬送システムも、かなりの能力を発揮できるのではないか。また大きな厨房の一部を、職場に恵まれない地方の腕のあるコックさんに提供し、一種のゴーストレストランとして機能させ、洋食、中華にもメニューの幅を広げる可能性もある。

 ともあれ、加賀屋さんのお部屋出しへのこだわり復活は旅館ルネサンスを起こすかもしれない。

 僕たちがその時々で効率的だと思って、捨て去った中にも宝物がある。

 能の世阿弥は「時分の花」という。盛りの時の「花」だけを時分の花と思うのは間違い。初心の頃(創業)にはその時の花があり、壮年期(企業の大成長期)にも齢を経て、転換期に入った時にも時分の花があるという。世阿弥の言う「花」というのは、演能上でその人でしかできない技のことで、いわば「武器」。時代ごとに我が社の「花」=武器を変えていく。伝統のカタチを守りながら、そのために中身は変化させる。加賀屋さんには、またまたこのリーダー旅館ならではの時分の花を見つけているようだ。

松坂健
オフィス アト・ランダム 代表 松坂 健 氏
1949年東京・浅草生まれ。1971年、74年にそれぞれ慶應義塾大学の法学部・文学部を卒業。柴田書店入社、月刊食堂副編集長を経て、84年から93年まで月刊ホテル旅館編集長。01年~03年長崎国際大学、03年~15年西武文理大学教授。16年~19年3月まで跡見学園女子大学教授。著書に『ホスピタリティ進化論』など。ミステリ評論も継続中。

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