観光庁の「地域・日本の新たなレガシー形成事業」の一環として、2022(令和4)年度から富岡製糸場の活用計画に取り組んできた。その3年b目にあたる24年度の最終会議に参加した。
レガシー形成事業は「地域において最も輝いていた時代の建築物や文化を面的に再現し活用していく」取り組みを支援する事業である。いわゆる観光地での新たな旅行商品造成の支援などが多い観光庁としては、ある意味異例の事業でもある。
富岡製糸場は、2014年6月に「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界遺産に登録された。300釜のフランス式繰糸器が並ぶ繰糸場をはじめ、長さ104メートル、高さ12メートルの東置繭所と西置繭所、動力場の蒸気窯所、フランス人技師ポール・ブリュナが滞在した首長館(ブリュナ館)、鉄製の貯水槽(鉄水器)など、1872(明治5)年創業以来の姿を今に伝える貴重な文化遺産が現存する。
世界遺産登録は大きな話題となり、年間来訪者は一気に134万人まで急増した。しかし、製糸所内部の見学は、動かない機械類、飲食や土産などの制約、単調なギャラリーなど「一度見たらもう十分」といった魅力に欠ける点が指摘されてきた。案の定、登録2年後あたりから客足が衰えコロナの影響もあり、2020年ごろには登録前の20万人程度まで激減した。近年は30万人前後まで回復したものの、国宝・重要文化財・世界遺産の建物は、このままでは地元県・市に膨大な赤字をもたらし、大きなお荷物になってしまう。

そこで今回の事業では、改めて富岡製糸場の世界史的意義を踏まえ、「世界遺産ミュージアム」として再生させる計画を提案した。その骨格の一つが、かつて富岡のシルク生産を指導したブリュナが滞在した首長館をフレンチレストランとして再生する計画や、工女さんたちの3棟の寄宿舎(実際には片倉製糸時代の宿舎)を、共用キッチン・コワーキングスペースなどを含む宿泊施設として再生する計画などである。
とくにシンボルとなるのは生糸生産と動態展示である。もともと世界遺産登録前の2012年に策定した「旧富岡製糸場整備活用計画」には、繰糸機の再生による生糸生産の再現を含む動態展示が示されていた。しかし地下遺構や排水の問題、ボイラーの導入などの技術課題が大きく、なかなか計画には踏み切れないでいた。まだ詳細にはふれられないが、製糸に関わる全国の専門家の知見などを総合し、今でもシルク生産を続ける碓井製糸などの協力を得て、実現可能なプランを示せた。「生きた絹産業遺産」としての富岡製糸場では、このシルク生産の再生は不可欠の事業である。
文化財・世界遺産であるがゆえに活用が難しいというのは本末転倒である。重要な文化資源とその精神を守るためにも、新たな世界遺産ミュージアムとしての抜本的な活用が急務であると考える。
(観光未来プランナー 丁野 朗)