インタビュー

【第3話:嫌いな言葉は利権】前武雄市長 樋渡啓祐氏にみる『市長』が『社長』として生きていくためのヒント

樋渡啓祐さん3

-第3話からは樋渡啓祐氏に加え、元瀬戸内市・副市長であった桑原真琴氏にお話を伺った。桑原氏は株式会社三菱総合研究所を退社した後、2009年から2013年まで瀬戸内市で副市長を務めた。現在は自ら会社を設立し、代表取締役に従事する傍ら、社団法人の代表理事など、複数の組織の重役を担っている。

「単に儲けます」はやりたくない

加藤:今一番、力を入れているのはセキュリティ事業ですか。

樋渡氏:そうですね。『ホワイトテクノロジー』っていう株式会社を作って、僕が代表取締役、桑原さんには取締役で入ってもらってやっています。それと別には、企業のお困りごと。特に社会性の強い分野、そういうのはお手伝いしたいよねって。

桑原真琴さん1

【桑原真琴氏の経歴】
東京大学法学部卒業後、1991年に株式会社三菱総合研究所に新卒入社。都市計画やまちづくりのマスタープランの作成などを担当。その後、中央官庁や民間企業を対象とした産業人材育成事業などにプロジェクトマネージャーとして従事。
 2009年に岡山県瀬戸内市の副市長公募に応じ、2013年10月まで副市長を勤める。様々な大型プロジェクトの総括責任者および、職員へのプロジェクトの指導、庁内の時間管理の導入、人事制度改革などに取り組む。2013年10月末、任期満了を以て退任。
 退任後、民間企業、地方公共団体のコンサルティングを実施し、現在に至る。

樋渡氏:桑原さんと話して思うのは、社会的に価値のあるものをちゃんとやらないといけないっていうのがあって、「単に儲けます」とかさ、そういうのってやりたくないんですよね。

加藤:わかります。

樋渡氏:僕らの嫌いな言葉は『利権』って言葉なのね。そういうのは楽しくなくて、社会的に価値があるんだっていうものに対しては応援したい。

加藤:すごくわかります。

樋渡氏:たとえば、空き家なんかそうだもんね。桑原さんも副市長の時に「色々な制約もあって、したいけどできなかった」って言っていたしね。だけど、深刻な事態ってのは既に出てきていると思うんですよ。僕も武雄市長の時に同じく課題として抱えていたから。

 そういう市長として感じていた社会課題に、今になって関われる幸せと、そういう話を持ち掛けていただくということの幸せはあるよね。僕だけでできないことは、桑原さんとチームになればやれると思うんで。

社会的な貢献ができる仕事に能力の高い人を引きずり込みたい

加藤:実際に、市長として仕事をされる時もセキュリティの問題だとか、それこそ空き家の問題だとかは、普段から悩みの種になっていたんですよね。

樋渡氏:なってる。なってる。

加藤:だからこそ、こういう社会的な貢献ができるものなので、どんどんガンガンやっていこうと。

樋渡氏:そういうこと。だからそれが、普通の民間の人と違うって言われるんでしょうね。公共にいた人間って意味かも知れない。桑原さんが横にいるからいうわけじゃないけど、こういう桑原さんみたいな人を増やしたいんですよね。片道詐欺じゃないけど、こういう世界に引きずり込んでさ(笑)。

一同:(笑)。

桑原氏:だんだん表現が悪くなってきましたね(笑)。

樋渡氏:英語でいうと、スライディングドアって言うんだっけ? 自由に行き来するって。だから桑原さんも、今では名前が肩書になっている。桑原さんと話したことはないんですけど、たぶん、桑原さん自身もそういうモデルになりたいって思っているんじゃないのかな?

桑原氏:そうですね。このままだと後が続かなくなって、大きなことを言えば、日本も良くならないって思っています(笑)。

「あのおじさんたちが頑張っているよね」と言われるロールモデルになりたい

樋渡氏:会社でも地方公務員でも、組織に合わないのにやっているっていう人たちが多いなって思いますよね。どこでも。

加藤:なるほど。

樋渡氏:この人はスピンアウトしたほうが絶対良いなって思うこともあるよ。悪い辞め方でドロップアウトすることじゃないですよ。次のステージに行くスピンアウト。

 でも、世の中にはそういう手本がないわけですよ。ロ-ルモデルがね。だからそれは僕や桑原さんがなれればいいなって思っている。そういう年齢でもあると思うんですよね。「あのおじさんたちが頑張っているよね」みたいな(笑)。少なくとも、僕らの時はそういうモデルがいなかったんですよ。桑原さんの周りにはいた?

桑原氏:いや、いないですよね。三菱総研で主任研究員の後輩がいるんですけど、いわゆる管理職の一歩手前くらいのポジション。それくらいの役割やっているやつだったら、副市長というのはチャレンジしがいがあるポジションなので、「やりゃいいじゃん」っていうけど、なかなかね、踏ん切りがつかないっていうか。もちろん結婚して子どももいると、相当勇気もいるんですけどね。

加藤:リスクも大きくなりますからね。

桑原真琴さん2

瀬戸内市の副市長の公募があり応募した

樋渡氏:桑原さんはさ、何で片道切符で瀬戸内市に行こうとしたの?

桑原氏:40歳になったら社会に還元しないといけないよねって、僕の親父とか爺さんとかがいつも僕に言っていたんです。40歳になって、「そうかそうか、何かやらなきゃ」と薄々思っていたんですよね。

樋渡氏:40歳の時に瀬戸内市に行ったんですか?

桑原氏:40ちょっとしてからですね。

樋渡氏:それは、瀬戸内市からどういうオファーがあったの?

桑原氏:それはですね、三菱総研の後輩がたまたま新聞を見たら、「最近は副市長も公募しているんですね」って、僕に見せにきたやつがいたんです。そいつは全然、僕にプッシュするつもりじゃなかったんですけど、僕は「これだ!」と思ってしまったんですよね。

樋渡氏:そこ、すごい興味があるんで聞きたいんだけど。副市長の公募ってのはどの媒体で見たの? ネット?

桑原氏:新聞です。

樋渡氏:新聞で? それすごいよね。東京で・・・三菱総研で見たんだよね? ということは、全国紙で載っていたってことだよね?

桑原氏:載っていたと思います。

樋渡氏:斬新は斬新よね。そんなん初めて聞いたわ。

桑原氏:瀬戸内の前に、兵庫県の豊岡市がやっていたんですよ。

樋渡氏:豊岡市は開明的だもんね。

桑原氏:豊岡市の市長はアイディアマンで、その時も、どこかの企業の子会社をやっていたトップの人が副市長になられて、こういう動きは重要だよねって思いました。

瀬戸内市にある上寺山餘慶寺の桜(©瀬戸内市)

副市長の公募に通っても、必ずそうなれる保証はなかった

樋渡氏:しかしさ、すごいねそれ。良く知らない人は市長が副市長を決められるって思っているかもしれないけど、それは大嘘で、市長は提案権しかないんですよ。議会が同意するからね。だから、公募したって一般の会社と違って、なれる保証はないんだよね。

桑原氏:そうですね。否決されたらなれないですね。

樋渡氏:もう終わりだもんね。

加藤:仮に否決されたとしたら、元の会社に戻れるような雰囲気だったんですか?

桑原氏:さすがにそこは「ひっくり返ることはないから」とは聞きましたけど(笑)。

加藤:なるほど。議会を押さえられていたうえで、だから応募できたと?

桑原氏:押さえるというほどは、行ってなかったですね。

樋渡氏:瀬戸内市は、議会をがっちり押さえている感じじゃないですよ。そんな感じじゃなかったよね?

桑原氏:そうでしたね。やっぱり田舎だから、「東大卒のコンサルタントに何がわかるんだ」みたいな空気もあったようです。

※本インタビューは全4話、毎日更新します

前武雄市長 樋渡啓祐氏にみる『市長』が『社長』として生きていくためのヒント

第1話 明るく選挙に負ける

第2話 起業はいつかしたいと思っていた

第3話 嫌いな言葉は利権

第4話 異人と組む

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