コラム

過疎地から見た電子行政【高倉万記子】

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 世帯状況、所得、保有自動車、土地家屋、水道使用量…自治体は住民の様々なデータを持っている。昭和の時代から紙で持っていた情報は電子化されていき、手書きはワープロヘ、計算はそろばんからコンピュータがやってくれるようになった。冷蔵庫のように大きな機械が居座り、職員がプログラムを書く時代であった。やがてWindows端末で動くようなパッケージベンダーのシステムを使うことが主流になり、多くの自治体でプログラムを書くことはなくなった。

 だがその分、各課の職員たちのパソコンでデータ処理ができるようになり、やらざるをえない作業が増えた。結果的に職員たちにExcelまたはAccessの習熟度が求められることになった。

 システムの内製体制の縮小は市町村合併によるシステムの統廃合という大きな転機もあったが、インターネットやメールの普及、もとい他機関との電子による連携が活発になり技術的な知識がより多く必要になったことも要因ではないかと思う。自治体では外部との連携に迫られるようなことが多々増えているが、マイナンバー制度はその基盤を整える仕組みに過ぎない。

 プログラムを書かなくなった情報システム担当が今は何をしているかというと、自治体によって違うので一概に言えないが、障害対応や調達事務をしたり、ベンダーとの連絡調整をしたりというのが思い浮かびやすい。私も新しい制度が出来る時には担当課と事前協議してどのように対応していくか打ち合わせをしたり、ネットワーク障害や機器の不具合の解消のため現地へ赴いたりもした。システム導入のための調達に係る作業はそれ自体の作業量も軽視できないが、調達に係る補助金申請業務から会計検査の対応までもまた大きな負担になっていることは否めないだろう。

 中小企業では情報システム担当は1人いるかどうからしいが、人口10万未満の自治体でも3人いれば恵まれているなんて言われたりもする。人口5万人未満のところはだいたい数人で、1万ぐらいになれば企画や防災などと兼務と聞く。システムのユーザーに仕事が増えていても人員が増えない昨今、システム担当の人員も増えることはない。仕事量に加え、業務担当課は住民や業者から叱られる部署だが、システム担当は住民でなく職員から責められるところだった。システムは動いていて当たり前。なかなか気が抜けない部署である。

 そんな場所に、マイナンバーはじめ税や福祉など、システム所管が動かざるをえないような事案が日々飛び込んでくる。各制度の所管からバッティングマシーンの球のように飛んでくる情報は、皮肉にも電子メールの普及も相まってスピードを増し、情報量は年々右肩上がり。どの自治体の担当たちも打ち返すことが精いっぱいの状況である。様々な電子化政策の通知も国から都道府県を通して飛び込んでくるが、普及が思うように進まないせいか、言っていることは総論では毎年同じというものも見かける。ではなぜ全国の自治体に取り組みが進まないかを東京から800キロ離れた過疎地域の職員として、一部私見を述べたいと思う。

 話題沸騰中のマイナンバーカード。コンビニでの証明書発行の取り組みも推進されているが、コンビニでの納税同様に必要性を感じない地域もある。高齢者の多い地域や農家・自営業の多い地域など、平日昼間に銀行に行くことができる住民ばかりの地域などがそれにあたる。それに対しチャンネルを増やすことが大事と言われるが、それがお金もといコストをかける優先順位の高いことだと賛同できないのではないだろうか。また、都心部ではコンビニ交付が進むにつれ発行窓口を閉鎖しているところもあるようだが、地方で支所を減らすことは抵抗が大きいように思う。それらより前にその地方にコンビニがないという話も忘れてはならないが。

 高齢者はATMを敬遠するほどIT機器が苦手な方も多く、マイナポータルも説明時間を取られることが今から危惧されている。また住民がスマホなど活用するようなIT施策は、たいてい若い人の多いベッドタウンの自治体がやっているように思う。高齢者の多い地域でオープンデータの取り組みが進まないのも、メリットが見えづらく、優先順位が通常業務に比べて低くなりがちだからではないだろうか。年々参加者や開催地域が増えるハッカソンイベントもFacebook上でよく投稿を見かけるが、エンジニアがいない地域にいると、よその国の出来事のように思えてしまう。なので、オープン化が進むことで明らかに自治体に大きなメリットがあるようなことが推進されたらなとは思う。例えば個人情報でない統計情報などはあらかじめデータを取得できる環境に置いておくことによって、国や都道府県からの調査資料の要求はやり取りすることなく、データを勝手に取得してもらうように業務のやり方を変えてもらって、双方の業務の簡略化に繋がればと思う。

 自治体クラウドも国が強く推進しており、総務省幹部が都道府県に直接説明に廻っているなんて話も聞いている。コスト削減のためにはシステムの共同化というのは避けて通れないのだろう。しかし地域ごとに取り組むのはそもそも限界なのではないかという話もあるが、私も同感である。隣にいるからと仲が良いというわけではない。歴史を遡ると藩が違うというのは今も残っている。市町村の境には峠があり、峠を越えれば国が違うのである。クラウドだからこそ、物理的距離を越えて、他の参加団体を気にすることなく気軽に始められないだろうか。

 国の支出の多くを占める医療や福祉の歳出を、ICTで削減するということも政府のIT戦略本部で計画されているが、所管官庁である厚労省はあまりITに強くないと評されがちである。また厚労省はただでさえ業務が多く、残業労働者と揶揄されるところでもあり、慢性的な人員不足なせいか、部署の多くを自治体や保険会社、銀行等からの出向者で占める局もある。厚労省には知り合いもいるので、より負荷がかかることが心配でもあるのだが、自治体の医療や福祉部門もまた慢性的に仕事量が多く精神的にもキツイところである。過渡期という言葉に甘えず円滑な推進を切に願う。

 医療に限らず福祉、税などマイナンバーはじめシステム導入から運用まで、現場も随分とどぶのような苦汁を飲んで取り組んできているこの頃だが、それでもゴールが見えにくいのは、IT以前に制度の精緻化が進み、行政の無謬性が行き詰まっていることが原因だというのは多くの現場の人たちの感想ではないだろうか。

 そんなことを知ってか知らずかは定かではないが、世間もとい国はIoTやAIをトレンドとして取り上げ、自治体のICT施策としてここ数年はGISやオープンデータ、テレワークへの取り組みも推進されてきたところだが、職員として防戦一方ではない。多くは勉強し、ついて行こうと必死なのである。しかし資料を読み込むだけでは限界があるため、詳しく話を聞きに行こうにも、セミナーの多くは都心部に集中しており、昨今の自治体の財政事情では県内に公用車で参加することしか許されず、電車で行けるすぐ隣の県でさえ出張許可が降りないという自治体もある。

 セミナーなどは動画中継してくれたらいいとは思うものの、実際にセミナーに参加して講師と名刺交換をしたり、参加者同士でコミュニケーションが取れるというメリットも大きいだろう。いつか仮想現実の技術でセミナーに参加して他の参加者や講師とコミュニケーションを取ることができる技術も現れるのだろうと期待している。ただ、忙しい情報部門は職員の問い合わせ対応も多いだろうし、勤務時間に目の前の仕事から離れて参加するというのも敷居が高いだろうなとは思うが。

 本業も忙しいが、職員が少ない自治体は土日は他課のイベントに駆り出されたり、PTA等地域のことでも忙しく、勉強する余裕もない人ばかり。私自身、講演やセミナーに有給休暇を使って自費で参加しているが、お金がいくらあっても足りないのであえて飛びつかないようにしているテーマも多い。IT企業の多くもまた都心部に集中しており、当然専門書も都心部に集中してしまう。よって本から知識を得ようにも近場に専門的な内容を扱っているような大きな本屋がない地域も多い。情報に恵まれた都心部からは想像し難い情報過疎でもある。まだ無料で読むことのできるウェブ記事やメールマガジンというものがあるだけマシだろうが。本は電子書籍でカバー出来るのではないかという指摘も受けそうだが、私もまたKindleを持っているものの、どの本の内容が良いか、なんてパラパラと捲ってみないと判断いたしかねるものである。

 そんな情報過疎の中、セキュリティ強靭化で職員たちをインターネット環境から切り離すことは益々自治体を世間から切り離すことに繋がっていくような気がするのは私だけだろうか。

 余談だが、車で出勤している方が多いことは想像つかなかったと特別区の人に言われ改めてこちらも驚いたことがある。電車に乗っている間に情報収集するなんてことは車だともちろん出来ないけれど、自動運転が追いつけば電車通勤のように遅くまで働いていても居眠りしながら帰ることが可能になるのだろうか。締切まで数日の猶予しかない調査を送ってくるのを見ると、夜になると食べ物を手に入れる場所がないとか、通勤はどんなに遅くなっても車を運転して帰るしかないという地域があることは、ずっと東京にいるとわからないのだろうなと思わせられる。

 そんな地方のハンデキャップを嘆いていると、都心部の人から「人口の少ない地方だって目立つ施策が出来ているところはあるじゃないか」などと言われたりもするが、圧倒的少数だからこそ目立っているのだと思う。担当者たちの努力や首長の強い推進力や上司たちの理解など、いくつかの条件を満たしているからこそ出来ていることも多いように思う。だからこそ尊敬の念を抱くわけだが、あまり見慣れると、あそこは特別だから、という気持ちを持ちがちになる。また、IT関連の施策以外に地方が抱える課題は尽きず、自分の脚を食べるタコのように財政的にも人材的にもやりくり厳しい中では難しいことなのだと少しでも理解していただくとありがたい。

 あえて否定的なことを書いたが、元々は上記のとおり、孤軍奮闘できるほどタフで新しい取り組みに積極的な人も集まりやすい部署だと思うので、人やお金、時間などの資源さえあれば動くのだろうと思う。そのためにも前向きな提案も書いておきたい。

 情報システムの職員は多少在籍期間が長い方もいらっしゃるが、自治体職員は元々2、3年で異動するというのが通例で、そのような専門的知識を積むのにはどうしても時間がかかる一方で、勉強する間に無関係な部署に異動してしまうことになる。そんななか、専門知識や経験を積んだ外部人材の登用で、魅力的な施策を進めている自治体やコストカットを進めている自治体もある。一時的に官民の有能な人材を派遣してもらえる地域情報化アドバイザーという制度もあるが、単年度の事業であること、派遣回数が限られているなど、長期的に活用するには難しい面もあると思われる。専門性の高いICTを自治体にうまく活用していくために、そのような外部人材を継続的に活用できる仕組みがあればと思う。

 ただ、自治体はどのような人を雇えばよいかということもわからず、過去に他の自治体で採用されていても、サーバの仮想化を進めたのか、調達の仕組みを変えどのような成果をもたらしたのかなど、どこでどのような能力を発揮していたのか見えにくい。外部人材の方もまた、自治体に入ろうとも、多くは任期付きの募集で不安定な雇用になるため、二の足を踏んでしまう。そこで、どこかでCIO人材をプールして、業績を可視化し、同規模団体でコストカットを進めた人材を気軽に検索出来るなど、どんな自治体でも採用しやすいような、そんな仕組みがあればと思う。

 お金も労力も長期的にかかっていくことではあっても、支出すべきコストを精査して、よりよい住民サービスのために改革を続け、確実に成果を出せるように、それぞれの立場の人たちがお互いを理解し合いながらパフォーマンスを発揮できる環境の構築が今後推進されることを期待したい。

【高倉万記子氏の過去のインタビュー】
システムのスペシャリストが創出した役所の外に広がる輪

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高倉万記子氏 経歴
2000年に愛媛県の八幡浜市役所入庁。市民課を経て、2003年に基幹系システムの保守運用開発部門に異動し、国民健康保険や福祉制度業務等を担当。2013年に、愛媛県後期高齢者医療広域連合へシステム担当として派遣され、マイナンバー制度等の導入作業を行う。
 総務省自治大学校の行う情報システム領域における育成研修において、パネルディスカッションのコーディネーターを務め、自治体職員に対してマイナンバーやSNS活用の講師等を行っている。その他、自治体関連情報を配信する無料のメルマガも発行している。

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