[記事提供=旬刊旅行新聞]
先日、日比谷にできた新しいビルの前を通り過ぎたら、「映画のような街を作りました」とキャッチフレーズが書かれた告知がされていた。
別に悪いコピーではないと思うけど、僕にはどこか違和感が残った。
どんな風景を「映画みたいだ」と感じるのは、人それぞれで、それを「映画のような街」と決められてもなあ、と。
映画を見た気分というのは、見終わった後に、なにか自分自身が過ごしてる人生とは異なる何かを感じることだろう。だから、しょせんは一時の夢と知りながら、映画の記憶は長く長く残る。場合によっては、ごみが散乱する廃墟のような風景だって、それが「映画みたいだ」と感じる自由が人にはある。
たしかに、このビルには美しい車が展示され、吹き抜け空間が非日常感をうまく醸し出している。テナント構成もわりにフレッシュだ。でも、映画みたいと感じる人ばかりではない。
僕は風景とは、結果として「映画のようだ」と感じる対象だと思う。「映画のような街を作りました」ではなく、「帰るときには映画のような体験になるかもしれません」とするのが正しいと、僕などは感じる。
だいたい、個性きらめく、なんてことをデザイナーやトレンド仕掛け人が言えば言うほど、陳腐化も早い、というのがサービス産業の興亡を見てきた僕の実感なのだ。
いま、旅館の業態でも、モダン和風のようなデザイナーコンシャスなものが増えていると思うが、僕などには、それが1980年代、90年代のカフェバーやデザイナーズレストランのブームとダブルイメージしてくる。最初はかっこいいし、それこそ映画のワンシーンになるような空間なのだが、結局は飽きられ。鼻についてくる。ちょっぴり悪口になるが、あのおしゃれ系レストランのオーナーは結局、お客様より自分のデザイン感覚、美学の方が好きだったんじゃないかなあ、としか思えない。観光とは感動体験を作ること(そういう意味で、僕は観光業はサービス産業ではなく、製造業だとも思っている)であるなら、そういう感動を「作ってあげる」みたいなことは、しないほうがいい。
よく、官が○○百選とかを指定して観光振興をはかったりするが、「指定」されてしまうと、お客さんにとっては「結末を知らされた推理小説」を読まされるような退屈さが残るのではないか。
素材を提供する側は、清潔な設備、おいしい料理や素敵な品揃い、丁寧で居心地のいい接客を心がけていれば、必ずどこかで「映画みたいだったね」と言われるようになるのじゃないか。それが僕の結論だ。「仕掛け」の陳腐化は予想以上に早く来る。これをぜひとも知っておいてほしい。
(跡見学園女子大学観光コミュニティ学部教授 松坂 健)
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