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大久保利通の夢「安積疏水物語」(福島県郡山市)「観光ルネサンスの現場から~時代を先駆ける観光地づくり~(162)」

流量を調整する十六橋(会津地域産業観光ガイドより引用)

[記事提供=旬刊旅行新聞]

(東洋大学大学院国際観光学部 客員教授 丁野 朗)

「未来を拓いた一本の水路」。2016年に日本遺産認定された郡山市の安積疏水に、6月末ようやく訪ねることができた。

「安積疏水」の工事は、明治維新政府による最初で最大の国営農業水利事業である。郡山から猪苗代湖方面に広がる安積原野は、年間雨量が1200㍉㍍にも満たない水利の悪い不毛の丘陵地帯であった。その大地に猪苗代湖の水を引くという夢は、古く江戸時代からあったが、猪苗代湖の水位低下の懸念から実現できないままになっていた。

その夢の実現に大きな力を発揮したのが、当時の内務卿、大久保利通である。1876(明治9)年、明治天皇の東北巡幸の下見に来た大久保は、福島県と地元富商が結成した開成社が進めてきた官民一体の開拓事業に感激、西南戦争後の士族授産と国家安定をはかる殖産興業の一大事業として、この疏水の実現に自らの夢を託した。そして1878年3月、事業案を政府に提出、政府もこれを了承して予算計上した。しかし、皮肉にも同年5月、大久保は不平士族6人によって、現在の麹町紀尾井坂で暗殺されてしまう(紀尾井坂の変)。

自らは夢の実現には立ち会えなかったが、同年11月の九州久留米藩を皮切りに、全国9藩から旧士族とその家族約2千人が、刀を捨てて原野開拓のために入植をはじめた。最初に着手したのは、会津盆地と安積原野の水の流れを調整する「十六橋水門」である。工事に際して、オランダ人技師、ファンドールンを招聘し、当時の最先端機器による実測により、安積原野に水を流しても、会津側の水量が減らないことが実証された。

工事最大の難関は、奥羽山脈に全長585㍍のトンネルを掘削する工事であった。硬い岩盤を砕くダイナマイト、地下水を汲み出す蒸気ポンプ、補強のためのセメント使用など、最新技術が駆使された。この工事を成功に導いた主任技師・南一郎平らが、後の琵琶湖疏水(1885年着工)建設に大きな影響を与えた。こうして安積疏水は1882年に完成。工事期間3年、延べ85万人の労力と当時の国家予算の3分の1を費やした世紀の大工事であった。疏水は大地を潤し、米の収穫量は約4500㌧から10倍以上に増加、全国の市町村の中で第1位となった。

安積疏水の開拓事務所が置かれた「開成館」

他方、猪苗代湖と安積疏水の落差を利用して1899(明治32)年に完成した沼上発電所は、我が国で最初に23㌔離れた長距離送電を実現し、この電力が製糸、紡績、電気化学など、今日の郡山の産業発展の礎となった。

安積疏水の日本遺産認定を機に地元郡山市は、その偉業を新たな観光交流資源として活かすための取り組みを進めている。歴史資源は観光的には難しいと言われるが、京都琵琶湖疏水が外国人観光客に人気を博しているように、これからは新たな国際観光資源として注目を集めることが期待されよう。

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