インタビュー

【高野誠鮮氏 第3話】イノベーションのスピードが速くなりすぎて、思想哲学がついていっていない

高野誠鮮3

イノベーションのスピードが速くなりすぎて、思想哲学が全くついていっていない

加藤:少しトピックを変えます。僕は人口減少などにより日本のGDPが減少していくというのはある程度受け入れながらも、心持ちみたいなところで幸せを感じられるようになるような、時代や考え方へと変わっていった方が良いんじゃないかと思っているんです。高野さんの考えとして、「今後は経済だけ追い求めていいものかどうか」とか、「今後はこういうものを追い求めるべきなんじゃないか」というのを教えていただけますか。

高野氏:考え方として大切な事は慈悲利他なんですよ。仏教の原点は何かというと、慈悲利他行為なんですよ。他者のために生きるってのが仏教の根幹なんですよね、いろんな戒律もあるんだけど。だから、冒頭から言っているように人間の細胞がどう生きているかを見ると、自分たちのものの考え方や自分たちの生き方を反映してくる。脳で考えることは愚か者だから、虚妄ぐらいしか出てこないんですよ。

 究極の理想や究極のモデルは、体なんです。地球全体が一個の体のようになればいい。その見本となるようなものを日本が見せることが出来ればいいなと思っているんですね。「日本人ってあんな生活が出来るんだ」とか、「日本人って良いな、例えば環境が世界で一番きれいだし、汚染もないし、食べてるものも凄いよね」と。

 一方、人口減少ってのは本当はゆゆしき事なんです。物凄い危険な事なんですよ。「国に方々の声無くんば、万民は数を減ず」と説かれた鎌倉時代の日蓮上人なんですね。要するに、法を誹る、間違ったことをしていると、どんどんどんどん国民の数が減っていきますよ。

 気候変動、温暖化のような諸問題を解決できる策って、日本人が提示できることが山ほどあるはずなんですよ。かつてはフロンガスを止めないと、環境破壊は止まらないと言われていた。でも原因はフロンガスじゃありませんでした。2008年のサイエンス誌を見てもらうとわかるように、『Evil』、『邪悪の根源』と書いて、農業資材とはっきり書いてある。その農業資材を作っている会社はほとんど軍事メーカーですよ。つまり、そこが原因ですからこれを止めればいい。そのためには、僕らが今やっている自然栽培で農薬も肥料も外部資材も投入しない、これしかないですから。これを広げる事が、一つの日本の、世界に対する希望ですよね。こうやって解決できるんだって。その雛型を見せることが出来るんじゃないかと思うんですよね。

 ただ来年あたりは危ないですよ、本当に。2017年という年は。

加藤:危ないというのは?

高野氏:色んな意味で、本当に危険な年になるはずなんですよ。みんながぼーっとしていますけどね。真剣になってものを考える連中が、どんどん少なってきているんですよ。

 イノベーションのスピードが速くなりすぎて、思想哲学が全くついていってないんですよ。こちらの方を全く追及していないでしょ。昔は、思想哲学の方が先行してあって、それにイノベーションがあったんだけれども。だから、思想哲学の方を日本の中で先行させなければいけない。生き方自体も『枯れる』生き方を。野菜や植物と同じで、『枯れる』生き方をしなきゃいけない。『腐る』生き方じゃないですよ。心腐っているやつはいっぱいいるんですから。これは、間違った思想を叩き込まれちゃったんですね。この間違った教育は"狂った育"、"狂育"ですよ。

 「農協のも、『脳が狂う』と書いてノウキョウですね」と言ったら、組合長と大喧嘩になりましたよ(笑)。「貴様、俺に喧嘩を売りに来たのか」と怒鳴られた(笑)。でも2年後に、最大の味方になってくれましたから。だから、彼らは敵ではないですよ。本当にわかっていただいたら、敵がいなくなっちゃうんですよ。

加藤:それは本気で私心なく説明していくというスタンスがやっぱり大事なんですよね。

"知っていること"と"できること"は違う

高野氏:やって見せるしかないんですよ。コンサルなんていうのは、パクリ業者のような印刷物しか作らないですよね。これで変わるのか?変わらないですよ。人間の意思や私意が働いているところで、書いた通りになった試しがないですから。もしそうなるなら、黒字になる計画書を作れば黒字の会社ばっかりになって、赤字の会社は一個もなくなっちゃう。でも実際はそうではない。

 だから、どうやって人を動かして、どうやってその気になってもらって、やってもらうのか。実は、そこが全部鍵なんですよ。だから、今の僕は人をその気にさせるっていう段階ですね。それはとにかく最初に自分でやって見せないと、周りは納得しないですよ。

 僕が市役所職員の時は、農家に対して今までの販売ルートと違う販売所を作ることを提案をしました。その時、農家の人に「そんなこと言うんだったら、お前が米売ってみろ。稲を育てたことも無いお前に米が売れるなら、こっちは40年苦労してねえぞ」って言われました(笑)。僕も引かないで、「じゃあ、僕がお米を売ったら、皆さんで自分の会社創って下さいね」って言いました。ただ、そう言ってみたものの、今までやったことが無かったので売り方がわからない(笑)。どうやって売っていいか全然わからなかった(笑)。でも、いろいろ考えていろいろ行動して段々売れるようになった。協力する農家も増えた。そのタイミングで「約束だから会社創って下さい」と言うと、今度は「赤字になったら責任とれるのか、赤字になったら市役所が補填しろ」と言われる(笑)。それでも、1年で45回の会議を開いたら農家が共同で会社を創ってくれました。

 知識って言葉は「知は識にしなさい」って意味なんですよ。知は知ってるだけ、識は体を使って本当にやったことがあるんですよ。これがないと、経験則は生まれないですよ。知ってるだけの人間は山ほどいるんですよ。「あー、知ってます、知ってます」って。でも、「じゃあ、やってごらんよ」と言われた時に、ほとんどの人はできませんから。

 大手企業が抱えている悩みも実はそこなんですよ。僕、入社8年までの新しい新人の子たちの研修やったりしてるんです。みんな頭良いですよ。物凄くものを知っているんですよ。でも、「じゃあ、やってごらん」って言うと出来ない。ここが問題なんですよ。情報は頭の中に蓄積されているんだけれども、「じゃあ、その通りやってごらんよ」と言うとできないんですよ。

教育の成果は10年後に出てくる。国を牛耳るなら教育を牛耳ればいい

加藤:先ほど誤った教育を受けてしまっているというお話があったんですけども、今の教育が一定期間進められたタイミングから変えるのは、かなりパワーがいることなのかと思うんですけど。

高野氏:教育の成果は10年かかって出てくるんですよ。例えば今、変な子供たちが沢山いるってことは、10年前の教育がおかしいんです。国の根幹は教育なんですが、これがぶれてきているんです。『狂った育』ですよ。日教組が唯物思想を叩き込んで、刹那主義と言うか、これを礼賛してきたんです。「かたちのあるもの、人生、人の命、なくなったら終わりだ。生きてる間に楽しめ。生きてる間に儲けるだけ儲けろ」、こんなつまらん哲学を、植え付けてきたんですよね。教員自体が唯物論者が多いですから。

 どこかの国をコントロールしようと思ったら、教育からやればいいんです。簡単にその国を牛耳ることができる。そこは脆弱なんですよ。敗戦国の日本は、教育の戦略がほとんどないんです。本当は内務省なんかが作るべきだったんですよ。

加藤:今だと、力のある文部科学省がそこを主導していかないとこれは変わっていかないと。

高野氏:もっと強烈に変えたい。こないだ、馳さん(文部科学大臣教育再生担当大臣)とお話をさせてもらったりしました。だって、こんな小さな国を誰かが牛耳ろうと思ったら簡単に牛耳れちゃう。愚かな国民を増やそうというときには、教育さえ握っちゃえばいい。だから、下手な公立高校へ入れるよりも、私立と連携して教育を改善した方が良いような気がするんですよね。

加藤:その活動の一環として、大学で新しい学部学科を作る動きをされているということですね。

高野氏:自然栽培をきっかけにして、そこで学んでもらいたいのは思想哲学なんですよ。害虫駆除思想じゃない。そういう考え方を持った子供たちが、どんどんどんどん増えていけば変わるでしょうね。でも、その結果を出すまで本当に時間がかかる。

 今、自分の子供や孫をあそこにやりたいんだっていう教育環境ってのは、ほとんどないですよね。ブランドみたいになっちゃってるんですよ。早稲田にやらせたい、東大にやらせたい、京都大学にやらせたい。京大出てるんだから、人格まで良いと錯覚してるんですよ。間違ってますよね。京大出て泥棒やってる人もいるし、東大出てプータローやっている人もいるんです。要するに、ブランド意識ぐらいのものしかないんですよ。そうではなく、どういう思想哲学が必要なのかと考え、本来の大学の設立の意義や原点に回帰しないと、そろそろ危ない時期だと思ってるんですよ。宗教って言葉は『Religion』て書くんだけど、原義は『Re origin』なんですよ。元に戻る。それが必要だと思ってるんですよ、教育なら教育の原点、政治経済なら政治経済の原点。

 数千年も変わらない民衆の思いってのは、実は、梵鐘(ぼんしょう)や辻に書いてある道標に全部書いてあるじゃないですか。『国土安穏』、『五穀豊穣』、『万民気楽』、これは何千年も変わらないですよ。だから、国が豊かになって繁栄して、そして平和な国でありたい。要するに、十分食べることができますように。災害がありませんように。本当に心配がないように暮らしたいですっていうのが願いです。

 鐘のゴーンとつくところに全部書いてあるんですよ。これが何百年、何千年と変わらない民衆の思いです。それを叶えるのが政治の役目なんですよ、本当は。だから、きっちりもう一度原点に立ち返らないと、危ない時代かなと思ったりもするんですよね。

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