(記事提供=総務省消防庁 広報誌『消防の動き』 )
(PR)=HOLG.jpが本になりました「なぜ、彼らは『お役所仕事』を変えられたのか?」
1 はじめに
日本三大夜桜の一つに数えられる、高田城百万人観桜会をご存知でしょうか。
私たち、上越地域消防事務組合は、雄々しくそびえる妙高山と大らかに広がる日本海に育まれた、実り豊かな高田城下町を本拠とし、新潟県の西寄りに位置する上越市と妙高市、人口約24万人の暮らしを守る消防機関です。
また、当地は、生き馬の目を抜く群雄割拠の戦国時代にあって、孤高にも「義」の志を標榜した上杉謙信公が、生涯の根城とした春日山城跡を擁する伝統ある町としても知られています。そして、この「第一義」の精神は、今もなお、多くの学校で教え伝えられ、市民の中に深く根付いています。
令和元年、全国予防業務優良事例表彰で消防庁長官賞を受賞した当消防本部の応募事例において、その中核となった火災調査シミュレーションアプリ(以下、「アプリ」という。)は、全国の火災調査に課題を抱えるすべての消防職員に役立ててもらうべく、消防大学校で火災調査を学んだ者たちが、この地に受け継がれる「義」の遺伝子を紡ぎ上げて開発した、言わば、日本の消防に捧げる作品でした。
2 アプリについて
2. 1 開発の背景
「火災調査を擬似体験する。」という前代未聞のシミュレーター開発に踏み切る背景には、火災件数の減少傾向とベテラン職員の大量退職という、全国的な現象がありました。これは、言うまでもなく、消防機関全体としての現場経験値が不足していくことを示唆し、由々しき事態であることは誰の目にも明らかでした。
特に、当消防本部のような中小規模組織にあっては、この対策を急ぐ必要がありました。それは、火災件数が人口規模に比例する以上、本来、組織間で起きてはならない火災調査の質的格差が、このままでは拡大の一途を辿っていく恐れが極めて大きいからでした。
2. 2 理念
消防機関の火災調査力を増進するためには、人員と予算の拡充が望ましいのですが、限られた資源をその分野に集中して割けば、組織の運営に困難を来たす可能性が高いこともまた事実です。
そこで、職員個々の能力の拡幅に着眼することは自然であり、火災調査に対する旧態依然とした意識を変革することこそ、人員と予算の実質的拡充と同等以上の効果をもたらすというパラダイムシフトが、アプリ開発を推し進める理念となりました。したがって、これはスペシャリストの養成より、組織の火災調査力のベースアップに重きを置いた取り組みと言えます。
なお、この開発及び監修には消防大学校で火災調査を専門に学んだ専従調査官が主として携わり、アプリ内で行われる擬似火災調査に盛り込まれる知識及び技術の水準を担保することにしました。
2. 3 概要及び特徴
まず、本アプリは、ウィンドウズ用ソフトとして開発され、内容は、架空のアパート火災における調査を通じ、実際の手順を踏みながら、一般的な建物火災現場での実況見分技法、役立つノウハウを学び、原因判定までを行うもので、年代を問わず馴染みやすいアドベンチャーゲーム形式を採っています。
また、数多くの選択肢や見分箇所を、自らの意思で選んで調査を進める「双方向性」を大事にしており、さらに、個性的なキャラクター達によって彩られる物語は、プレイヤーを飽きさせず、学んでいることに気づかせないゲームバランスとなっていることも特徴です。
これは、一方的に読ませる参考書の限界に対する挑戦でありつつも、無事に物語の結末まで辿りついたプレイヤーには、既に参考書の基本的知識が身についているよう設計されたエンターテイメント教材です。
当消防本部のホームページからも閲覧できますが、「火災調査アプリ」でネット検索するとヒットする、ユーチューブ上のアプリ概要説明動画のとおり、アプリ内の火災現場は、実火災の写真を一切用いず、リアルなコンピューターグラフィックスを駆使して表現されていることも大きな特徴と言えます。これは、エンターテイメントとしても、教材としても、「誰かを悲しませた実火災」を決して材料としてはならないという、開発者の確固たる信念に基づいており、加えて、著作権対策にも万全を期し、原作、音楽、ゲームコーディネートのいずれも完全オリジナルにこだわっています。これにより、全国の誰もが楽しんで火災調査を擬似体験できるソフトに仕上げることが可能となりました。
2. 4 システム
同じ火災現場が二度とないように、火災調査も一度きりのものです。したがって、調査にあたる人間は、限られた時間内で、目の前の見分内容、得られた供述等を原因に向かって一つにまとめ上げる「大胆さ」を持ちつつ、個別の小さな情報にも気を配れる「繊細さ」と「慎重さ」が求められます。この「調査の心構え」を知るため、プレイヤーの調査内容は、システムによってシビアに評価されており、「調査続行不適当」と判断された場合は、途中から再プレイを強いられる仕組みとなっています。これは「調査の緊張感」を演出し、現場の見分技術と、ストーリー進行中に入手できる各種調査書類(火災出動時における見分調書、関係者の質問調書、各種図面等)を読み解き、原因に結びつける注意深さを身に着けることに役立ちます。
なお、選択肢の内容は様々ですが、タイトル画面から見ることができる、基礎的調査技術を紹介している各種説明コーナーと併せて適正に理解すれば、調査初心者であってもクリアできる難易度に抑えてあり、全体として、あくまでエンターテイメント感を損なわない緻密な設定が施されています。
2. 5 ピグマリオン効果の創出
ピグマリオン効果とは、教師から期待をかけられた子供達の学力がおしなべて向上したことで証明された「教師期待効果」と呼ばれるものです。これが物語るのは、教える側の期待なくして効果的な人材育成は成し得ないということではないでしょうか。
褒められれば嬉しいのは誰もが同じ。しかし、叱られた時に「悔しい」と思うか、「腹が立つ」で終わるかは、自分が他者から期待されているか否かにかかっていると考えられます。だからこそ、教える側は期待を絶やしてはならないのでしょう。もちろん、期待すれば裏切られることもありますが、それでもなお、圧倒的な出力で期待をかけ続けることで、ピグマリオン効果は創出されるのです。
そして、これは、開発者がこのアプリに、教科書では有り得ない「ドラマ性」を盛り込んだ理由に他なりません。
アプリのストーリー中、プレイヤーは初めて火災調査を任されることになるのですが、年の近い兄貴分的キャラクター「しみず」に間違いを正されたり、呆れられたりしながら、また、上司の「宗村先輩」に時として叱られながらも、温かく見守られている中で、不慣れな調査を進めていきます。そんな先輩達の期待に包まれて、一件の調査を終えた時、プレイヤーは一人の調査官として成長を遂げるという筋書きなのですが、そこにピグマリオン効果が確かに創出されているかどうかは、栃木県下のとある女性消防職員から寄せられた、こんなメッセージから読み取れるのではないでしょうか。
『・・・今まで私は何をやってきたんだろうと思わせられました。『宗村先輩』や『しみずさん』が、ゲームが終わった後も頭から離れません。私の署にもいたらいいなぁ・・・』(原文)
彼女は、きっと、二人の先輩達の期待に応えようと懸命に架空の火災調査に取り組んだのでしょう。叱られても、呆れられても、一定レベルの知識と調査の着眼点を習得しない限り辿り着けないストーリーの結末を見たのですから。
同様の意見は当消防本部に数多く届いており、これらは紛れもなく、「こんな教材があったらいいのに」という全国の潜在的期待に、このアプリ自体が応えられている結果と考えられます。
3 おわりに
令和元年6月3日、当消防本部は「火災調査シミュレーションアプリ貸出規程」を定め、ホームページにアップした上で、正式にアプリの貸出を開始しました。
そして、「火災件数の減少傾向を維持しつつも、消防職員の火災調査経験値を向上させる」という全国的課題に挑んだこのアプリは、北は北海道から南は沖縄県まで、組織の大小を問わず、既に70を超える消防機関から借用依頼を受けており、順次、貸し出されています(10月1日現在)。借用については、上越地域消防本部のホームページを是非ご覧ください。
また、宮城県、佐賀県を始め、各県の消防学校からも問い合わせは後を絶たず、新潟県消防学校においては、既に教材として授業に取り入れられ、アプリの可能性はさらなる広がりを見せています。
さて、この取り組みの効果は、5年後、10年後に、広義の行政サービスの向上という形で表れることを強く願っていますが、今のところ未知数と言わざるを得ません。
ただ、そんな中、目に見えるカタチとしての結果があります。それは、やはり、アプリをプレイした方々から頂戴する率直な言葉の数々です。その一部を御紹介すると、「・・・当消防本部でも、とても分かりやすく勉強になると評判です・・・」(山形県下の消防司令)、「・・・教材としてはもちろん、ストーリーに込められた『り災者に寄り添う調査』のメッセージ性に感動しました・・・」(愛知県下の消防士長)、「・・・心まで熱くさせられる内容だった。このアプリは知識と士気の向上ができる素晴らしいものだと思う・・・」(栃木県下の消防司令補)等があります。これをお読みの方々の中にも、覚えのある方が、いらっしゃることでしょう。
言うまでもなく、これらの感想が物語るのは、消防本部の垣根を超え、パソコンモニターを通じて架空の火災現場を共に調査したからこそ育まれた「絆」に他なりません。
私たちは、今、改めて、この火災調査シミュレーションアプリをきっかけに広がっていく消防機関同士の夢多き連携に思いを馳せています。
そして、アプリを縁につながることができた全国の皆様と、未だ見ぬ同志の皆様に、重ねてご挨拶を申し上げ、本稿の結びとします。
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