インタビュー

【川崎市 奥貫賢太郎氏:第5話】街のすごい人を利用しないのはもったいない

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フランス留学が考え方を変えた

加藤:上智大学でフランス語を専攻されていました。なぜ、自治体の試験を受けようと思ったのでしょうか?

奥貫氏:語学を生かせるということ、そして、社会全体のベースをつくる仕事をしたいなと漠然と感じていて、もともとは、商社や物流業界を志していたんです。ただ、大学2年のときにフランスに留学して、いろいろと考えが変わりました。

地元の良さをもう少し掘り下げたいと思った

加藤:留学ではどういう経験があったのでしょう?

奥貫氏:そうですね。ある種憧れていた外国人のパーソナリティに、ギャップを感じてしまいました(笑)。端的に言うと自分本位だったというか・・・(笑)。相手自身の考え方も尊重するけど、ある種エゴイストに感じる部分が受け付けられなかった。

 自分が漠然と「海外って良いな」と思っていたものに、「本当にそうなのか」という違和感が出てきて、むしろ、「日本やその地域、地元の良さみたいなものを、もう少し掘り下げて扱ってみたいな」と思いました。

日本人は社会や街に対して アクションしていくことが少ない

奥貫氏:また、フランスでは市民が市民として行動する責任を自然に持っているなとも感じたんですね。日本人って温かみがあるし、おもてなしの心もある。でも、社会や街に対してアクションしていくことは、すごく少ないと感じていました。
それこそが、「本来作るべき社会のベースの部分なんじゃないか」と思って、それなら自治体に就職してみようと考えました。

加藤:日本ではいわゆるシチズンシップみたいなものが、あまりないと言われますよね。民間人は残業しまくって疲れて家に帰って、また会社に行くみたいな感じですし。

市区町村は市民と近くで関わることができる

加藤:国ではなくて地方公務員を志した理由はあるのでしょうか?

奥貫氏:国までいくとかなり大きな仕組みになるので、もう少し小さい枠の中でやりたいと感じました。市民の近くで関わるためには、やはり市区町村だと思い、地元に思い入れもあったので、川崎市で働きたいと思いました。

加藤:他にも就活はしましたか?

奥貫氏:東京の特別区も受けました。その前に民間企業も受けて、内定もいくつかもらっていたんですけども、就職するのを止めることにしました。そこから、試験勉強を始めて、大学を卒業した後に川崎市の入庁の試験を受けました。ですから、入社は10月入社でした。

街のすごい人を利用しないのはもったいない

加藤:市役所の最初の仕事はどういうものだったのでしょうか?

奥貫氏:2010年から2014年まで、幸区役所地域振興課で、市民の方と一緒にまちづくりを行う協働事業の企画運営を担当しました。具体的にはコンサート、緑化活動、工作教室、マップづくりなどを経験しました。市民ボランティアの方々と触れ合うことができましたし“協働”という形態の利点と苦労を知りました。

加藤:初めて仕事をしてみて、何を感じましたか?

奥貫氏:面白かったですね。市民の方がボランティアとして取り組まれる熱意に驚きました。それだけすごい方が街にいることの価値の大きさに対して感謝があふれるとともに、その熱意を良い意味で利用しないともったいないと感じました。だからこそ次のキャリアを目指す際に、その観点が大きく影響しました。

東京大学の研修に参加

加藤:その後、2014年から2016年まで、東京大学産学連携本部に出向されました。

奥貫氏:そうですね。これは、大学側が研修の仕組みとして用意しているものですが、庁内でそれに参加できる公募機会があり、手を挙げました。企業や大学と協働をしていくなかで、どのような手法があるか学びたかったんです。

加藤:実際のお仕事はどういうものだったのでしょうか?

奥貫氏:東大の研究成果を産学連携に結び付ける業務や、事業化を支援する業務をしていました。産学連携案件の情報発信、マッチングの場づくり、アントレプレナー教育の運営支援などですね。

一定の資金をもとに 事業の継続・拡大を目指す経験ができた

加藤:何が経験として生きていると思いますか?

奥貫氏:ここで得たものは非常に大きかったです。「大学が地域、企業に何を期待しているのか」、逆に「企業は何を期待しているのか」、そういう“目線”を感じられました。そして、お互いの“目線”を合わせて、結びつけていくための進め方がどういうものなのか、経験することができました。

 また、行政の考え方では、地域課題に対しての『意義』という観点で、予算を割り振るところから物事がスタートしてくるのに対し、東大の、特に事業化を考える際には、ビジネスとして進める必要がありました。つまり、一定の資金をもとに事業の継続・拡大を目指し考えていくのですが、その経験ができたことは大きかったです。
奥貫賢太郎 5-2

余裕と欲が出て 市役所外の活動に参加した

加藤:この産学連携本部にいるときに、「まちづくりカフェ」と「かわさき市民しきん」の2つの活動を始めたのですね。仕事で学びながら、行動に移す余裕も出てきたのでしょうか?

奥貫氏:そうですね。余裕と欲が出たというのが大きいです(笑)。東大のアントレプレナー講座で「事業は小さくてもいいからまずはやってみる。そして、実際に利用してくれる顧客の声を聞いて修正しながら、ビジネスとして回るかどうかを検証するアクションが、成功に結びつく」ということを学び、まず行動したいと思えるようになりました。

臨海部国際戦略本部の仕事

加藤:東京大学に2年いらっしゃった後に、臨海部国際戦略本部に異動されました。ここでは、どういうことをされているのですか?

奥貫氏:羽田空港の対岸にある殿町地区を中心に、ライフサイエンス分野の研究開発拠点の形成に関する業務をしています。主に、企業・大学の誘致、産学官連携プロジェクトの推進です。

 具体的に言うと、もともと自動車工場があった土地が空いている場所に、医薬品や医療機器の開発を行っている企業を誘致したり、既に誘致した企業と産業界、大学、そこに行政も関わる形で、産学官連携のプロジェクトを創り進めることなどを行っています。

加藤:東京大学にいたときにやっていたことと、近い部分がありますね。

奥貫氏:そうですね。大学の先生方と一緒に「どういう取り組みを行っていくか」など考えるうえでは、東大で学んだことが活かされていますね。

※本インタビューは全6話です

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