インタビュー

【元三重県知事 北川正恭氏:第4話】知事時代の総労働時間の4分の3は職員との対話

北川正恭2

前例踏襲ではなく価値を追求する『価値前提』の県庁を作る

加藤:先ほど三重県庁時代に職員の方が変わったとおっしゃっていました。具体的に職員の、何が変わったのでしょうか。

北川氏:私の知事としての8年間、改革手法はそれほど体系的な学問になっていたわけではありませんでした。役所というのは、前例踏襲ということがとても多くて、変えることが得意ではないんですね。そこで、前例踏襲ではなく、悪いところがあれば過去を否定し、新しい価値を追求する『価値前提』の県庁を作ろうと考えました。

三重県庁の改革の手法は『対話』だった

加藤:『価値前提』の県庁というものを作るため、どう進めたのでしょうか。

北川先生:当時は葛藤の連続でした。公務員は立派な仕事をする人が多いわけだから、本来、人に強制的に変えられることがあってはいけないと思っています。だから、私は知事として人事権も予算権も持っていましたが、それを振り回すことはしませんでした。

それをしたところで、反発を招くだけなんですよ。だから『対話』、徹底した話し合いです。三重県庁の改革の手法は『対話』だったと思います。

知事時代の総労働時間のうち、4分の3は職員と対話していた

北川氏:相手の立ち位置を変えるわけだから、『1+1=2』という理屈だけで進めてはダメで、その方向へ向かって考え方を根底から変えてもらうためには、対話が必要だと思ったんです。

その対話というのはどういうことかというと、「結論を出さなくていい。だけども、お互いが納得いくまで話をして、意見の相対化を図ろう」ということでした。その当時、オフサイトミーティングというのが流行し始めたのですが、公務員の世界でそれを私が初めて取り入れて、それが対話の原型になっていきました。

後から知ったことなんですが、私の知事時代の総労働時間のうち、4分の3は職員と対話していたと知りました。三重県の職員からもらった手紙に書いてあったんです。確かに、振り返ると、私は知事の時代に結婚式に出るとか、寄港式でのテープカットとか、ほとんど行かなかったんですね。

財政課が事業部側を統制できなくなってきていた

加藤:対話を通じて文化を変えていく中で、具体的な事象として何が変わったのでしょうか。

北川氏:当時、成長社会から成熟社会になってきていて、社会保障費が増えて財政が組めなくなってきたんですね。それまで三重県では、財政課が各事業部からの予算申請を調整していたんですが、予算をカットされる事業部側に不満が貯まって、統制できなくなってきていたんですよ。

そういう流れもあり、対話を重ねて「財政課をなくそう」となり、「各事業部自らが予算を決めろ」ということにして、財政課をなくしたんです。

本当は公務員が財務を通じて政治をしてはいけない

加藤:完全に財政課をなくされたんですか。

北川氏:財政課というのは非常に傲慢過ぎると。財務を通じて政治をするというのは公職で選ばれた政治家、つまり首長の仕事なんですよ。それを本当は公務員がやってはいけないんです。

だから、政治決断する知事に「資料を上げるくらいがいいんじゃないか」ということで、まず、名称も「調整課」に変え、その後、結局はそれもなくしました。

そもそも、PDCAを回していれば事業部側が自らエクセレントな財政を組んでくるべきことであって、現場でPDCAを回しているのに財政課があるということは二重じゃないかと思いました。そういう発想でなくしましたし、実際それでも組織は回ったんです。

部長のミッションは予算を最小化して成果を最大化すること

加藤:各事業部へはどういう説明をしたのでしょうか。

北川氏:公務員は真面目だからね、自分の部署の仕事するために予算はどうしても必要だと思ってしまう。ただ、対話で徹底的に議論して、「本当にそうか?」と突き詰めてもらいました。

いままで事業部側は、「自分たちの成果を最大化するためには、自分の部署の定員と予算を増やすことが大切だ」と思っていたんです。でも私は「それは違う」と言いました。成果を最大にすることは当たり前だけど、部長の本当のミッションは、「予算の最小化をして成果を最大化すること」。このことが、私の行政改革の方針だと伝えました。

行政は予算主義だから、予算を取って人を増やすことを目的にする。それをパーキンソンの法則というんです。それでは、どれだけ予算があっても足りない。その予算を調整することを財政課が手伝っていたんだから、「そんなことは自分の部署でやれ」としたわけです。『事務事業評価システム』というものを導入して、PDCAを回す原点がそこにありました。

脱皮できない蛇は死ぬ

北川氏:パラダイムシフトとして、予算主義を決算主義に変えていく。それをやるためには、徹底した話し合いをお互いが納得するまでやらないと、組織が持たないと思ったんですね。

知事時代、失敗も沢山ありました。そもそも、成功と失敗なんて半々でもよっぽど良いほうなんですよ。そういう前例のないところを挑戦していくことが大事で、私が目指したのは「改革」というより、どちらかというと「革命」なんですよ。レボリューションなんです。「過去の悪いところは全部否定してもいいんだ」、「脱皮できない蛇は死ぬんだ」とよく言っていました。

※本インタビューは全6話です

他のインタビュー記事を読む

頁トップへ