インタビュー

【第1話:明るく選挙に負ける】前武雄市長 樋渡啓祐氏にみる『市長』が『社長』として生きていくためのヒント

樋渡啓祐
【樋渡啓祐氏の経歴】
1969年佐賀県武雄市生まれ。東京大学経済学部卒業後、総務省に入庁し、沖縄開発庁振興局調整係長、大阪府高槻市市長公室長への出向等を経て、2006年に佐賀県武雄市市長に当時最年少で当選。2006年8月から2014年12月までの約8年8ヶ月間に渡って武雄市の市長を務めた。
 現在は会社経営、官民ファンド社外取締役、講演活動、地方創生アドバイザー、テレビのコメンテーター、関西学院大学客員教授など多岐に渡る活躍をしている。

-前武雄市長である樋渡啓祐氏は、2015年に武雄市長を辞任し、佐賀県知事選挙に出馬。しかし、当選とはならなかった。その時を境に民間人としての道を歩むのだが、今では多くの仕事を抱え多忙を極めている。
 市長を経験した後に、そういったキャリアを歩む人の話はあまり聞くことがない。選挙後に「どのような活動をすることで、仕事を増やしていった」のか。「どのような考えで行動しているのか」を伺った。

 今、全国では若い知事や市長が増えている。そういった人たちが、将来、新たな人生を切り拓くヒントがここにある。

選挙で負けたら周りはサーっと引いていった

加藤(インタビューアー):選挙から2年経ちました。今は大体どのくらいの数の仕事を受けているのでしょうか。

樋渡啓祐氏(以下、樋渡氏):大体40~50の仕事を受けています。

加藤:それは、どういう仕事ですか。

樋渡氏:東証一部上場企業顧問、地方の中小企業のアドバイザーみたいなものから、突然降ってくるお困りごとを解決するような仕事。テレビのコメンテーターもあれば、講演もあります。自分でも何があったか、全部整理できていない(笑)。

樋渡啓祐さん5

加藤:(笑)。さまざまですね。今もまだ仕事は増えているんですか。

樋渡氏:増えてるよね。僕の場合は、お困りごととして相談が来るのね。それに対して、「こうしたら良いんじゃないか」と提案するんです。
だから、今はどちらかというと受け身なんですよ。それは今までとは違いますよね。それこそ市長だった時は、「攻めて、攻めて」だったんですけど、今はもう全然。お医者さんみたいな感じだよね。お医者さんは攻めないでしょ(笑)。

加藤:それは、2015年の佐賀県知事選挙の後からそういう状態だったんですか?

樋渡氏:いやいや、選挙終わった時なんかは、もう僕と妻とね、僕の周りで逃げ遅れた人しかいなかったから(笑)。

加藤:(笑)。

樋渡氏:ほんとにね。選挙に負けると周りはサーっと引いていくんだよね(笑)。後ろ足で砂かけて逃げるヤツもいた。

最初は3万円で講演を受けていた

加藤:そんな中、選挙の後にされたお仕事はどういうものだったんですか?

樋渡氏:最初はね、講演かな? 超格安でしたよ。3万とか。2万だっけかな。

加藤:えっ!

樋渡氏:ほんと。

加藤:そんなに安かったんですね。

樋渡氏:やっぱりね。その時は、このままだと生活ができないと思ったからさ(笑)。いきなり無報酬になったからね。

加藤:講演をしていく中でもまたネットワークができて、仕事にもつながったりしたんですか。

樋渡氏:うん、それは大きかったよね。そういう意味で言うと、ソーシャルネットワークに救われたよね。facebookだったりとかね、そういうのを見て声をかけてくれる人もいる。

樋渡啓祐さん6

明るい負け方をしようと思っていた

加藤:政治家の方は任期があるじゃないですか。今、若い市長・知事も増えてきていて、任期が終わった後にどう生きていくかみたいな問題もあると思うんです。樋渡さんはその成功例じゃないかと思うんですが、佐賀県知事選挙の後、何を意識されていたんですが。

樋渡氏:いや、僕は『明るい負け方』をしようと思っていて、「選挙に負けても次の人生があるんだ」ってモデルケースになろうと思って・・・。

加藤:『明るい負け方』、とても良い響きですね。

樋渡氏:そうそう、それはね、もう負けた時点でそう思ったんでね。だから、みじめな負け方しかないってなると、選挙にチャレンジする人がいなくなるんですよ。結局、選挙は勝つか負けるかのどちらかじゃないですか。引き分けってない。

 勝ったらそれはそれで幸せだと思うんだけど、実は負けても、あるいは「負けた方が幸せだった」っていう、日本で最初のロールモデルを作りたいと思いました。

選挙に負けて、『ノイローゼ』になったり、『一家離散』になる人もいる

加藤:それは、負けた日から簡単に切り替えられたんですか?

樋渡氏:うん。だって、そりゃそうだよね。『明るく負けないと生活ができない』って、ことだったんですよ。だって、みじめな負け方した人にさ、仕事なんか来るわけないじゃん。今まで、明るく負けるっていうのはモデルがなかったんだよね。だいたい負けた人って表舞台からそのまま去っていくじゃない。

加藤:樋渡さんの知る方で、そういう方は何をされていたんですか?

樋渡氏:ノイローゼなったりとかさ、一家離散だったり、その土地から追われたり、追われざるを得なかったり、まあけっこう過酷な世界ですよ。

加藤:なるほど。

樋渡氏:歳がいって負ければ引退ってことで良いのかもしれないですけど、30代とか40代で負けてもさ、もう雇ってくれるところもないもん(笑)。大体、市長辞めた人間は民間の世界では使い物ならないよ。

他人の不幸は蜜の味

加藤:選挙後の2週間に、会社を作られているじゃないですか。そして、メルマガもすぐ発刊されていますよね。

樋渡氏:食っていかないといけない。だから悩む暇がなかったね。要するに、仕事を取りにいかないといけない。

加藤:そういう意味では取っ掛かりとして講演を受けるだとか、あと、メルマガをすることによって、今の仕事が増えるひとつのルートみたいなのができた。

樋渡氏:結果的にはね。でも、その時はそんなの全然想定してなかったけどね。とにかく「食っていかないといけないから何かしないと」ってだけ。でも、割と僕の負けた話がウケてたから(笑)。「そうか、そこに市場価値があるんだ」と思ったよね。やっぱり、他人の不幸は蜜の味だもんね、基本(笑)。
 だから、とりあえず「負けた話で食っていけるわ」と。それって確かに、選挙に負けた人はあまりみんな話さないよね。でも、聞く側からしたら、勝った自慢話や市長時代の手柄話なんか聞きたくないもんね。

※本インタビューは全4話、毎日更新します

前武雄市長 樋渡啓祐氏にみる『市長』が『社長』として生きていくためのヒント

第1話 明るく選挙に負ける

第2話 起業はいつかしたいと思っていた

第3話 嫌いな言葉は利権

第4話 異人と組む

他のインタビュー記事を読む

ネイティブアド



頁トップへ